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【不倫はなぜいけないのか】


時事ネタっぽいのですが、相談メッセージに『不倫の何が悪いんですか!?』という逆ギレ気味なメールが多数舞い込んできたのでやっつけたいと思います

まず不倫肯定派の意見として『恋愛は自由!』という意見が多くありました
確かに恋愛は自由です、ですが無法ではありません
思っているだけなら本人の自由、それは勝手ですよ
思う存分妄想の中であんなことやこんなことをパッコンパッコンやってりゃいいと思います
しかし言動には責任が伴うのが世の常です
自分の責任能力の範囲内が自分に与えられた自由というものなんですね
不倫というものはその責任を放棄した不貞行為
『好きだからしょうがないじゃない!』という自暴自棄な開き直りです
それはもう自由ではなく無法なんですよね

誠実な気持ちは誠実な関係を望むものです
既婚でありながら関係を持つという不誠実な関係には決してなりません
それは自身の誠実な気持ちが許さないでしょう
その誠実な部分が責任というものだと思います

そしてもうひとつ不倫肯定派に多かった意見が『既婚者だからといって諦められるほど人間は簡単にはできていない』という『人間だもの論』ですね
自制心が働かないほど大きな感情に溺れてしまったらしょうがないじゃないかという言い分なのですけども
ひとつ大きな勘違いをしているんですよ
それは自制心が働かないほどの大きな感情ではなく
感情に溺れてしまうほど自制心が小さいだけなんですよね
その感情は思っているほど大きくないということです

どんなに誠実な人でも欲求は働きますよ
スケベ心だってありますしイケメンを見れば『うっひょー!押し倒してー!』と思うことだってあります
個人差はあると思いますが欲求は全ての人に働くものでして
そういう意味で言えば人類は全てど変態なんですよ
では何が違うのかといえば自制心の有無、その大きさなんですよね
欲求はコントロールの効かないものですのでそれ自体を消すことはできません
しかし自制心はコントロールできるものです
大きな欲求にはそれよりも大きな自制心をぶつけて自らの言動をコントロールしているんです
その自制心の原動力になるものが愛情というものなんですね

感情は自分のために働くもの
理性は相手のために働くもの
感情は欲求であり
理性が愛情である

理性の働かない不倫なんて利己的なものでしかないんですよ









以上
DJあおいでした







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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさんこんばんは。
いつもブログ楽しみにしております。

twitterでこのようなツイートを見ました。
「一目惚れで好きになった人って、どんなに時間経っても結局好きらしいよ。直感で惚れたら一生もんなんだって。 」

これは本当なのでしょうか?』

















一目惚れしやすい人というのは熱しやすく冷めやすいタイプ
理性で感情をコントロールするタイプではなく
感情で理性をぶっとばして暴走するタイプ
直感で惚れるわけではなく
視角情報だけで惚れるタイプ
その人の人間像に惚れるわけではなく
自分の理想像を投影して惚れているだけ
男は自分の理想像を押し付ける入れ物
恋愛願望が非常に強く思い込みの激しい人です

周りにいる全ての男性を『好きになれるかなれないか』という恋愛願望の目でしか見ていないような女ですから
そりゃ一目惚れは必然になりますよね
ですので好きになった男はだいたい一目惚れから始まりますが
それでダメになった男は『ただの勘違い』として記憶から処理してしまうので一目惚れリストからは抹消されます

『一目惚れで好きになった人って、どんなに時間経っても結局好きらしいよ』
という一文がとても印象的でした
時間の経過と共に一目惚れリストから抹消された男はカウントされることはありませんからね
どんなに時間が経っても好きな男しかカウントしていないわけですから
そういう男だけを一目惚れとしてカウントしているだけなんじゃないでしょうか

最初の恋愛には向いているのかもしれませんが
最後の恋愛に不向きなのが一目惚れというもの

最後の人というのは気が付いたら隣にいるような
当たり前のようにそこにいて
それでいて特別な存在であるという
わけのわからん人なんですよ









以上
DJあおいでした









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こんばんはDJあおいです

今回は久しぶりのコラムになります






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愛するということは
『愛し合う』ということを話し合い続けること


恋愛において『話し合い』というのは最も大事な習慣になるものでして
それ自体が愛し合うことになると言っても過言ではありません
全ての別れは話し合いが成立しないことによって起こってしまうものですからね

話し合いを成立させるためにはお互いの人間としての成熟度が必要になります
そこら辺が未熟ですと話し合いは決裂してしまいます

今回は『話し合いができない人の特徴』 を少しだけご紹介したいと思います



・『価値観が違う』という思考停止ワードを持ち出す人

・そもそも話し合いの着地点を『和解すること』ではなく『ねじ伏せること』にしている人

・『誰も自分のことをわかってくれない』という誰のこともわかろうとしていない人

・人の話を遮って自分の主張をしてくる人

・分が悪くなると『全部わたしが悪いんだね、、、』とめんどくさいグレ方をする人

・トラブルの度に『少し距離をおこう』というやんわりとした話し合いの拒否をする人

・自分の非は認めても謝ることはしない人

・無視をするくせに無視をしている自分に気付いてくれないとドアを閉める音等で無視しているアピールをしてくる人

・『そんなこといちいち言わなくてもわかるだろ!』という言わなくてもわかってほしい究極の甘ったれな人

・価値観云々言うわりには価値観に一貫性がなくただの気まぐれで機嫌が左右されてしまう人

・あと前戯をめんどくさがる人











以上
DJあおいでした









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こんばんはDJあおいです

久しぶりのコラムです

恋人のケータイ云々の相談が多いので警告の意味も込めて書いてみました






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恋人のケータイを盗み見る人は
そのケータイの中身が潔白だからといって
その不安が解消するわけではないんですよね

ケータイの中身が潔白なら次はその人の行動そのものを疑うし
行動からも不安の証拠が見つからないと次は過度の束縛に走るし
過度に束縛してその関係が壊れるまで疑い続けるんですよ

いったい何を疑っているのかといえば
突き詰めれば幸せを疑っているんですよね
幸せであればあるほどその幸せが信じられなくなってしまうんです
俗に言う『幸せ恐怖症』ってやつなんですけどね
幸せな環境が心地悪いんです
気持ちのどこかで自分は幸せになってはいけない人なんだという自己評価の低さがあるんです

人間にとって最も心地よい環境というものは自己評価に見合った環境ですから
自己評価の低い人にとって幸せな環境というものは耐え難い環境になってしまうんですね

だから幸せではない証拠を探してしまうんです
幸せを疑い続けて自ら幸せを壊し
相手が愛想を尽かせば『ほら、やっぱりね』と安心するんです
これでやっといつもの心地よい不幸な環境に身を置くことができるわけですね

いつもいつも自分にないものに幸せの価値を見出だす悪癖を持っていますから
自分の恋人を疑うと同時に違う異性に幸せの価値を見出だす悪癖も持っています
ですので恋人のケータイを盗み見る人ほど浮気性だったりするんですよ
手に入れた幸せは信用せずに手に入れられない幸せを信じてしまうわけですね
挙げ句の果てにはダメ男や不倫等々
幸せとは縁遠い恋愛に居心地の良さを感じてしまったりするんですよ

幸せを疑うようになったらもうおしまいだということ
幸せとはただその幸せを疑わないことですからね








以上
DJあおいでした









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こんばんはDJあおいです

今回はちょっとだけコラム




最近男女間における『モラハラ』というものが話題になっていたりするのですけども
そもそもモラルってなんぞや?というところなんですけどね
モラルとは道徳、価値観、その人にとっての常識なんですが

各々が異なる常識を持っているわけですから
異なる人間同士が生活を共有するのであれば
それは食い違って然るべきものなんですよね

このとき最もやってはいけないことが『我慢』なんですけども

その人にとってのいい女でいるためにその人の常識に合わせて我慢してしまうわけですが
それはその人にとっての『常識』ですから
その我慢にどれだけ愛情を注いでも
その愛情は伝わることがない愛情になってしまうわけです

ですから我慢は何も伝わらないものですし
我慢では何も変えられないものなんです


本来常識の食い違い、価値観の違いというものは
どちらかが合わせるものではなく
お互いが尊重し合い認め合っていかなければならないものでして

そのために『話し合い』というものを積み重ねて
お互いがお互いの常識や価値観に触発され
お互いがお互いのために変化し合っていくわけですね

ですからこのブログでも再三言っているように
『愛するということは愛するということを話し合い続けること』
にあると思うんですよ

何をもってモラルハラスメントなのかといったら
私はその『話し合いを拒否すること』こそがモラルハラスメントだと思うんです

話し合いを避けて我慢を選んでしまうのもモラルハラスメントのひとつだということ

我慢をすることは愛することではありません





以上
DJあおいでした





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