こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
DJあおいさん
こんにちは。
いつも楽しく、拝見しており、
前向きに生きるためのヒントをいただいております。
今回初めてご相談させていただきます。
わたしは現在33歳です。
子供の頃は、好きな人と結婚して、子供がいて、、
という幸せを当たり前のように描いておりました。
しかし今のわたしは、
仕事では認めてくれる人はいるものの、
結婚相手どころか彼氏もいなく、
年齢的ものから子供が持てないんじゃないかという焦りに押しつぶされそうです。
子供が欲しいから結婚するのは、間違っていると頭では分かっているものの、
子供がいない未来がとても怖いです。
結婚すれば子供ができるわけではないことも理解しているのですが、
ただ無駄な時間を過ごしてしまっているような気がします。
アプリや紹介してもらった人と会っても上手くいかず、
今後どのような気持ちで日々を過ごしていくのが正解か教えていただきたいです。
とりとめのない文章で申し訳ございません。
お目に留まりましたら、幸いです。
寒い日が続いておりますので、お身体大切にお過ごしください。
ただいま恋愛・結婚カテゴリでベストセラーになっています
この種の悩みは個人の恋愛能力や努力不足の問題として語られがちですが
実際には個人要因よりも社会的要因のほうがはるかに大きいです
『出会いがない』『年齢的に不利』『婚活がうまくいかない』といった現象は表層であって、本質的な問題はその人が置かれている心理的フレームワーク
すなわち『結婚していない状態は未完成である』という価値観の内面化にあります
この価値観を、私は便宜的に『結婚教』と呼んでいます
宗教という言葉は比喩ではなく、構造的な類似性に基づく分類です
一般に宗教とは、特定の人生モデルを唯一の正解として提示し、そこから外れることに不安や劣等感を与え、正解ルートへの参加を半ば義務化する社会的規範のことです
この三点で考えた場合、日本社会における結婚観はほぼ同一の機能を果たしています
特徴的なのは、明確な教典や教祖が存在しない点です
しかし教義そのものは広く共有されています
『適齢期になったら結婚するのが自然』
『結婚して一人前』
『子どもを持って家庭を築いてこそ幸せ』
これらは誰かが明文化したわけではないにも拘らず、ほぼ共通認識として流通している
つまり文章化されていないだけで、内容としては明確な『規範』が存在しているわけです
そしてこの規範は、家庭教育、学校、職場、メディア、制度設計、日常会話といった複数の経路から反復的にインプットされます
親族からの何気ない発言、友人の結婚報告、SNSに並ぶ家族写真、ドラマのストーリーライン、税制や社会保障制度の設計など、あらゆる場面で『結婚を標準とする世界観』が前提化されている
重要なのは、これらがすべて善意と無自覚のもとで行われる点です
強制ではない
しかし常時提示され続ける
この『強制されていないのに疑えない』という状態は、社会学的には最も強力な規範形成のパターンです
空気化した規範は、命令よりも従属度が高い
なぜなら、それが『価値観』ではなく『常識』として認識されるからです
結果として、多くの人が『自分の意思』と思い込んだまま、このモデルを内面化します
しかしここで一つのズレが生じます
それは、結婚が本来『選択肢』であるにも拘らず、『達成目標』に変換されてしまうことです
本来、結婚とは単なる生活形態の一種です
一人で暮らす、パートナーと暮らす、子どもを持つ、持たない、いずれもライフスタイルの違いにすぎず、機能的な優劣はありません
ところが結婚教の枠組みに入ると、これが『通過儀礼』や『合格条件』として扱われるようになる
すると意味が反転します
生活の形式が、自己価値の証明に変質するのです
ここから焦りが生まれます
結婚したい、ではなく
結婚していない自分は劣っているのではないか、になる
子どもが欲しい、ではなく
子どもがいない人生は失敗なのではないか、になる
この時点で動機は欲望ではなく恐怖です
人間は欲望で動くときは比較的合理的ですが、恐怖で動くときは判断精度が著しく落ちます
リスク評価ができなくなり、『早く安心材料を確保すること』が最優先課題になる
つまり結婚が『人生設計』ではなく『不安解消の道具』に変わる
この心理状態でのパートナー選択は、構造的にミスマッチを起こしやすい
相性や価値観よりも『結婚に至れるかどうか』が選定基準になるため、長期的適合性が軽視されるからです
そして皮肉なことに、焦って成立した結婚ほど満足度が低くなる傾向がある
これは多くの臨床心理や家族研究が示している通り、外発的動機(世間体・年齢・不安回避)による選択は、内発的動機(愛情・尊重・価値観共有)による選択よりも関係の質が不安定になるためです
つまり結婚教は、『幸せになるための思想』を装いながら、実際には不幸の確率を上げる構造を内包している
ここに最大の矛盾があります
さらに客観的事実として確認しておくべきなのは、結婚と幸福度の間に絶対的な因果関係は存在しないという点です
既婚者にも不満足層は多数存在し、独身者にも高い生活満足度を示す層は存在する
統計的に見れば、結婚は幸福の必要条件でも十分条件でもない
にも拘らず『結婚=幸せ』と信じ込んでいる状態は、合理的判断ではなく、信仰に近い認知です
したがって対処法もシンプルです
婚活を強化することではありません
まず前提を解体することです
結婚を『義務』や『通過点』から切り離し、『数ある選択肢のひとつ』に戻す
これができない限り、どれだけ出会いを増やしても焦りは消えません
焦りは状況からではなく、恐怖から発生しているからです
逆に言えば、『結婚しなくても人生は成立する』という事実を論理的に受け入れられた瞬間、結婚は初めて健全な意味を持ちます
義務ではなく、希望として選べるようになる
その状態で選ばれた関係だけが、対等なパートナーシップになり得る
恐怖からの選択は依存になり、自由からの選択だけが協働になります
時間的な遅れを問題視する必要はありません
合理的に考えれば、数年独身でいるコストより、不適合な結婚を数十年続けるコストのほうが圧倒的に高い
焦る合理性は存在しないのです
結局のところ、戦うべき相手は年齢でも婚活市場でもなく
『結婚していない自分は不十分だ』という前提そのものです
この前提を疑い、外し、再定義すること
それができて初めて、結婚するにせよしないにせよ、自分の意思で人生を選択したと言える状態になります
問題は現状ではなく、信じ込まされている構図です
まず結婚教から脱退して洗脳を解くこと
話はそれからですね
以上
DJあおいでした
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