こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談をいただきましたよ







お悩み

あおいさん、あけましておめでとうございます。
今年もあおいさんの投稿を楽しみにしています。

今年の秋にお付き合いしている彼と結婚するのですが、
最近彼の言動がいちいち気になってしまうのと、
わかりあえないな、、と思うところがあり悲しくなります。
彼の言動がそれって人としてどうなの?と思ったことがあったので相談させてください。

テレビで20代前半の方々が夢を語る番組をほんの数分見ていました。
ドキュメンタリー番組のような感じです。
そのとき彼が番組を見ながら「きっつい。こういう自分語り見てると寒気しちゃうんだよね。」と言ってました。
「え?なんでそういうこと言うの?」というと、「自分でもなんでかわからないんだけど、なんかこういうの苦手なんだよね」と言われました。
私は赤の他人でも頑張っている人はすごいと思うし、
自分も頑張ろう!と言う気持ちになれるから、そういうドキュメンタリー番組をよく見ます。
彼が頑張っている人を軽視してるような発言のように聞こえ、すごくショックでした。

じゃあ私が同じように言ったりするのも嫌?というと「うーん。それはないと思う。」と言われました。
彼曰く、身近にいる人にはそんなふうには思わないようです。

彼のこの言動はどのような理由によるものなのでしょうか。
昔に何かしらトラウマを抱えているとかそういうことなのでしょうか。。
教えていただけると嬉しいです。







人が『夢』や『努力』に感動するのは
それが本人の言葉で、本人の温度で語られているときです

テレビのドキュメンタリーというのは本人の人生そのものではなく
切り取られた言葉や意味づけられた沈黙
感情を強化するBGMや視聴者が泣くタイミングを指定する編集

こうした『作り手の意図』が必ず介在するんですよね

その結果、そこに映っているのは
『夢を生きている人』ではなく
『感動させるために演出された物語』になってしまう

そこら辺に敏感な人は
そういったドキュメンタリー風のバラエティは苦手かもしれません

リアルな人生は、本来もっと雑で、もっと迷っていて、もっと矛盾しています

それを整えすぎた瞬間、リアリティは失われ
代わりに物語としての完成度だけが前に出る

それに居心地の悪さを覚える人は
人の人生を軽んじているのではなく
むしろ人生を安易に消費されたくない側なのです

だから、『こういうのが苦手』と感じるのは
他人の夢を否定しているのではなく
他人の人生が素材化されることへの拒否反応

共感できない=冷酷
感動しない=人としてどうなのか
そう短絡的に結論づけることではありません

感情に入れない人は
感情を大切にしていないのではなく
安売りされた感情に乗れないだけのこともある

この違いは、優劣ではなく
『リアリティをどこに感じるか』の違い

そこを切り分けて考えられるかどうかが、一番大切なポイントですね




以上
DJあおいでした



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