こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談をいただきましたよ







お悩み

あおいさんこんにちは!

もうあおいさんを知ってから10数年が経ちます。
わたしが学生の頃から幾度となく、助けられてきました。
いつも本当にありがとうございます。


何度も、相談コラムに上がっているのですが
男女の友情についてもう一度聞きたいです。


わたしは現在32歳で、わたしには3人、小学校からの幼馴染がいます。そのうち1人がついに今月結婚するそうです。
3人の仲でも一番仲が良く信頼しているひとでした。
とても喜ばしく、今までお互い何度も相談し合ってきた仲だからこそ、友人の結婚は嬉しいです。
しかし、今回の友人の彼女は、わたしたちの関係性を理解できないかもしれないと友人が言っています。なので、今後は、電話やzoomくらいでしか話せないかもしれない。と言われました。
今までも、彼女ができる度にわたしを紹介し、わたしたちには間違いが起きないことを直接証明してきました。それはわたしも同じです。わたしは7年前に結婚しているのですが、幸いにも夫が一回り以上年上で、男女の友情にも理解があるので、今までは大丈夫でした。ですが、友人の彼女が理解できないとなると話は変わってきます。今回そのことを友人に聞いたとき、約20年の思い出や出来事が思い出されて、とても悲しい気持ちで胸がいっぱいになってしまいました。友人とは、わたしの子供たちともよく遊んでもらってたので、そういうことも難しくなるんだなと思いました。思い出も、写真もたくさんありすぎて、iPhoneで自動出てくる写真がとても辛いです。以前あおいさんのコラムで、友人の幸せを最優先を思ってあげるのが友達というのをみて、ますます、自分のこの悲しい気持ちに、最低な人間だな...という気持ちになりました。それと同時に、わたしたちが同性ならこんなことにならなかったのにな、あんなに思い出がたくさんあるのに、男女の友情はすごく儚いんだな...と思い知らされています。
この気持ちのやり場は、どうしたら整理がつきますか?
どんな気持ち、どんな考えでいたら、気持ちが少しでも晴れるでしょうか....?
もし目に留まることがあれば、ぜひ教えて頂きたいです。



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本来、友人とは
会う、会わないの自由がまるごと許される関係です

年に一度しか会わなくても変わらない
数年会わなくても昨日の続きができる
生活圏や忙しさに左右されても壊れない

つまり、友情は頻度に依存しない関係性です

だから、疎遠になっても『失った』という喪失感は生まれにくく
死別でもない限り、友情は『終わる』というよりも
『たまに会うだけ』という関係性に成熟していきます

では、なぜ相談者様には喪失感が生まれているのか?

相談者様が感じているのは
関係が変化することへの強烈な痛みです
これは友情ではほとんど起きません

なぜなら、友情は変化に強く、距離に強く、形に寛容だからです

それなのに相談者様は、まるでその人が死んだかの如く
写真を見ると胸が詰まり、今後の距離の変化を想像して涙が出て
失うことへの恐怖が生じている

独占欲、近さの維持欲求、距離が変わることへの恐怖

これはもう、友情にはないものなんですよね

それがなんの感情なのかはわかりませんけどもー



以上
DJあおいでした



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