こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談をいただきましたよ







お悩み

あおいさん、こんばんは。
お目を通していただきありがとうございます。
以前は相談にご回答もいただき本当にありがとうございました。あれからも悩み続け今も新たな気持ちにどうしたら良いか分からない状態になってしまいました。

自分のことが分からず、人に自分の話や、人と話が出来ません。どうしたら良いのか、アドバイス頂けませんでしょうか。

私の父は無関心、自分の機嫌次第で叩かれたり怒鳴られたり、小さい頃は遊んで欲しくて近づいた時はあっち行けというふうに拒絶されたりしてました。とてもショックだった記憶があります。父に遊んでもらった記憶は無いです。
毎日のように母と喧嘩し私は耳を塞いで部屋に閉じ籠ったりしていました。
母は身の回りのお世話はしてくれてましたが、普段から父の悪口を聞かされて私の気持ちなどは受け止めてもらえることはなく、記憶が無いだけかもしれないですが、自分の話を親にした記憶が無いです。怒られる時はベランダに出されたりしてました。小学校時代の長期連休の工作などの宿題も私がやっていなかったら母親が作ってました。修学旅行から帰宅した夜、学校に着いた時も周りの友達は親が迎えに来てくれてましたが、私は迎えにきてもらえる事はなかったです。そして他人に私を説明するときは貶されて育ってきました。
中学の時反抗期が来て母にぶつけましたが土下座をして泣きながら謝られてからは、あまり記憶がないですが反抗期がなくなった気がします。
今まで自分の気持ちを受け止めてもらえた記憶がなく、自分が自分で何を感じてたのか分からず、人に合わせることで生きてきました。自分のことが分からず人に自分の話ができません。それがとても辛いです。
とても寂しかった気持ちもあった。宿題も一緒にして欲しかった。私の話を聞いて欲しかった、受け止めて欲しかった。
その当時はその事に自分でも全然気づけてなくて、助けを求めることもできず、でも人との距離感や人間関係に悩まされることが度々ありました。何もないのに勝手に涙が出てきたり、。部屋で1人で泣いてました。でも母にも何も言えず、気付いても貰えなかったです。そういう、寂しい気持ちがあったんだ、受け止めてもらいたかったんだという事に、最近気付きました。今までずっと生きづらさを感じてた原因みたいなものが分かって、同時に親を恨む気持ちと、その時は親もいっぱいいっぱいだったのかもしれないという気持ち、そして子供に対して私自身が親と同じことをしている事に気付きました。3歳過ぎても発語はなく、愛着形成が出来ていなかったんだと絶望的になりました。
また、そういうふうに育てられてきたからか、女性性というものが無く育ってきたのか、夫と話してても防衛モードになったり、落ち着けてないことに気付きました。夫はとても良い夫で仕事も一生懸命私たちのために頑張ってくれています。家事もしてくれます。私にはもったいないくらいの人なのに。でも私は夫を好きなのかもわかりません。
条件で結婚してしまった私が悪いのに、夫にも申し訳ない気持ちになります。夫と私はどちらも似てるのだと気付きました。どちらも甘えたい派でああいえばこういう的な流れになり、お互いがおそらく本当の素が出せてないです。
夫も防衛モードになってるんだと思います。でも離婚もなかなか踏み切れず。
夫はまだ自分のことに気付いてないかもしれません。

無気力で、何もやる気も起きず、人に対してもすぐに防衛モードになってしまい、反芻して脳が疲れる日々です。
死んだ方が楽になれるかもと思う日もあります。
これは治療とかで治るんでしょうか。毎日辛いです。
人間関係リセットしてやり直せたら上手くいけるのかなとか考えてしまいます。



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昭和~平成初期の家庭って
相談者様が体験したような形が多かったですよね

父親は外で稼ぐのが精一杯で、家庭のことは妻に丸投げ
母親は世間体第一で、家と子どもの管理責任者
子どもは親の期待に応えることを半ば強制的に求められる

程度の差はあれど、それが標準的だったんですよね
今の物差しで測れば、その時代の親なんてほぼほぼ『毒親』だったわけです

『昔はシートベルトなんて誰もしてなかった』と同じようなものですね

でも、同じようなシートベルトなしの家庭で育っても
ほとんど傷つかず溌剌と生きてる人と
希死念慮まで発動してしまう人がはっきり分かれる理由は
実はたった一つの『緩衝材』の有無でほぼ決まります

せめて一人でも、感情を代弁してくれた大人がいたかどうか
祖母や祖父、または叔父叔母や近所のおばさん、担任の先生や親戚の誰か一人でも
『あなたは悪くないよ』と味方をしてくれる人がいると
愛着障害の発生率が劇的に下がります

また、友人の存在も大きく
本音を聞いてくれる友達がいると
安全基地として機能してくれて、同じく緩衝材になってくれます

兄弟姉妹の有無と役割にも差がありますね
長子(特に娘)などは親の感情の受け皿にされやすく
下の子は上の子が盾になってくれた形で少し守られることもあります

その時代で幼少期を過ごした人の話を聞いてみると
だいたいはおばあちゃんっ子だったり
『親友』という存在があったり
または『恩師』といった外部の大人の存在があったり
なんらかの緩衝材があるんですよ

要するに、愛着がゼロだったか、一滴でももらえたか
この差で『普通に笑って生きてるか』『鬱々としているか』が分かれているわけですね

家庭環境がよろしくない子たちって
人一倍仲間意識が強かったじゃないですか
何よりも『仲間』を大事にしていたんですよね
あれって安全基地の外部化だったんです
本来家庭で形成されるはずの『愛着』を仲間内で育んでいたわけですね

でも相談者様の場合は、仲間ですら作れなかった
それが一番つらいところなんじゃないでしょうか

小さい頃から自分の気持ちを言ったら拒絶される、聞いてもらえない
という体験ばかりが積み重なったから
『自分の本音を出す=危険』と脳が学習してしまって
友達を作ることすら、無意識に避けてきたんだと思います

緩衝材がどこにもなかった
だから今、幼少期からため込んでいた
『寂しかった』『受け止めて欲しかった』という気持ちが堰を切ったように溢れ出してきて
『死にたい』までいってしまうのも、当然の帰結なんですよね

でも、ここが一番伝えたいところなんですが
今からでも遅くはないんですよ
あなたがこうやって文字を綴ってくれたこと
自分の気持ちにやっと気づけたこと
これが、『自分の感情を外に出す』ということなんです

すごく怖かったと思いますよ
すごく痛かったと思いますよ
でも、これはやっと回復のプロセスに入った瞬間なんです

今、このやり取りの中でも
『ちゃんと受け止めてくれる人がいる』という体験が
少しずつ積み上がり始めています

自分で言うのもなんですが
私はわりと警戒心が強く、不寛容で、基本的に他人を信用しない
ヒューマンレベルが低い方の人間だと思います

その私が共感できたのですから
世の中にはあなたに寄り添ってくれる人はごまんといると思います
そうやって少しずつ自己開示をしていけば
ちゃんと『愛着』は形成されていくと思いますよ

他人はあなたが思っているよりもずっと優しい
その優しさに甘えてもいいんですよ




以上
DJあおいでした



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