こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
ご自身や周りの方をみていて、恋愛でも友愛でも、
『私orこの人、愛されているなー』って感じるのはどんなとき・どんなところですか?
私は、気にされている姿を見ると、私orこの人愛されてるなーと思います。
相手の体調を気にかけたり、相手の気持ちを気にして喜んでもらおうとしたり。
特に恋愛だと、裏目に出て、時にどう思われているのかを気にしたり、相手のことが気になって用事が手につかなくなったり…。
愛していると、そうなるものかなと思います。
だから私も、パートナーの心や体を常に気にかけるタイプです。
それは私の愛情でもあります。
友達に対しても、そのような感じです。
パートナーや周りの子の誕生日が近づくと、何をしたら一番喜ぶか考えて、頭の中がそればかりになったり。
尽くす女だと、仲の良い友人たちにも言われます。
でも、お互いに同じくらい気にかけ合う関係を築きたくても、
相手はもっとドライな感じで、悲しい気持ちになることがあります。
私の愛が強すぎるのでしょうか?愛って何なのでしょうか?

相談文の中で語られている
『気にかけずにいられない』
『頭がいっぱいになる』
『相手の反応が気になる』
という状態は、一見すると“深い愛情”のように思えます
しかし本質的には
相手のために何かしたい
相手を喜ばせたい
相手がどう思うか気になって仕方ない
という気持ちが、相手の幸福のためではなく
“自分の不安を解消するための行動”や“相手に必要とされたいという欲求” にすり替わってしまっている
つまり
“相手のため”という名目の、自分の安心のための愛(自己都合の愛・エゴの愛)
に近いのです
相談者様は『尽くす』『気にかける』『相手のために動く』タイプで、これは一つの大きな優しさです
ただし、愛情は“贈り物”と同じで
相手が受け取りやすい形に整えなければ、善意でも重くなる
という現象が起きます
相手がドライ寄りなら、なおさらです
本当の意味での“相手を思う愛”とは
自分があげたい形ではなく
相手が受け取りやすい形に調整すること
例えば
相手が負担に感じない量にする
相手のペースに合わせる
“してあげた”の見返りを期待しない
相手の時間や心理的スペースを尊重する
こうした『相手に合わせた微調整』こそが、成熟した愛情の証になります
相談者様の愛情の量そのものは問題ではありません
強い愛情は本来とても価値のある資質です
ただし今の状態は
相手への気遣い+自分の不安や寂しさの埋め合わせ
が混ざってしまっている
その混ざり方が濃すぎると
相手には『重い』『押しつけられている』と感じられやすい
つまり、愛が強すぎるのではなく
愛の向け方やバランスが整っていないだけなのです
捧げる愛情を、相手が受け入れやすい形に最適化する
これはまさに成熟した愛のあり方です
愛情は気持ちの大きさで決まるのではなく
『相手を尊重しながら届ける技術』で決まります
相談者様の課題は
愛情を減らすことではなく
相手の心のスペースに合わせて形を整えること
すると相手は安心して受け取れ
相談者様自身も愛が拒まれて落ち込むという悪循環から抜けられますよ
以上
DJあおいでした
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