こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
あおいさん、こんばんは。
いつも自分の気持ちを整理したり、価値観を増やさせてもらっております。
その中で最近あったことで感じたことを、モヤモヤしたこと、あおいさんだったらどういう風に受け取るか、考えるかを教えて欲しいいただきたいです。
私は30代で営業をしています。そこに勤めてから1年半ほどなのですが、最近会社内でどう改善していこうという話し合いの場、ミーティングがあったのですが、そこで私が出した意見に対して、反対意見がありました。
内容としては、上長に対して思うことを書くという場面で、仕事に対して「雑」、「暇そう(何やってるか分からないから)」と感じるなと思っており、直接ご本人には伝えていて、当時言葉を選ばないで言っていいと言われたこと、相談している際、間に入っていた人事の方に書いていいというのを言われたため、素直に書いていました。
なぜそう書いたか意図などを伝えることができてなかった点や、その場で言う必要がなかったという反省はあるのですが、とある人より「昭和的な考えかもしれないんですけど、上長に対してこの言葉はどうなのか?ありえないと思います。皆さんはどう思いますか?」というの断罪?のようなことが始まってしまいました。もちろん私の伝え方ミス等はあったのですが、その場でいうのはないのでは?と思ったこと、
否定をしないという場だったのですが、意見よりも否定?に近いと感じました。
その後、「その場面がとても辛かった。
断罪にされている感じがすごく。」という話を人事の方に伝えたところ、二人で話し合いの場を設けたらどうだろうか?と言われました。もちろん必要なのかなと思うのですが、私的には話したくないです。
この気持ちは間違いでしょうか。
話し合いなどして、解決し寄り添って対応するべきなのでしょうか。
あおいさんならそういう人がいる場合、どのような考えで、どのように対処いたしますか…?
甘っちょろい考えだと思います。
30代にもなってこんなあほな相談もおかしいと思うのですが、今の職場が信用出来る人がおらず相談いたしました。
寒い日が続きますが、ご自愛くださいませ。

このケースは『言っていい』と言われた範囲を
相談者様が『自由』と『免責』を混同してしまった例だと思います
確かに、『思ったことを言っていい』と言われると
何を言っても許されるような気がしてしまうのですが、実際はそうではありません
自由な発言というのは『何を言ってもいい』ではなく
『何を言っても、その結果の責任は自分で引き受ける』という意味です
相手がどう受け取るか
その場の空気がどう変わるかを含めて
全て『自分の選択の結果』なんですよね
今回の相談者様の発言は
客観的に見れば『意見』というより『評価』や『人格へのレッテル』に近いものです
『雑』『暇そう』というのは、上司の行動の根拠や具体的な改善提案ではなく、印象評価の領域です
だから、周囲が『意見』として受け取れず、『攻撃』と感じてしまったのも無理はない
『否定をしない場だったのに』とありますが
そもそも否定を生む要素を投げ込んだのは相談者様自身でもある
否定されて辛いのは当然のことですが
その状況は自らの発言構造によって引き起こされたものです
つまり、自由には必ず責任が、率直さには必ずリスクが伴う
それを覚悟の上で発言しなければ、自由は単なる甘えに変わってしまいます
話し合いの場を設けるかどうかについては
自分の正当性を証明するためではなく
誤解を解き、関係を壊さないためなら行く価値があると思います
ただし、『話したくない』という気持ち自体は間違いではありません
誰だって、自分を断罪した相手と再び向き合うのは心理的に抵抗があるものです
だから、話し合うかどうかは『義務』ではなく、『選択』の問題
ただし逃げ続けると、『あの人は責任を取らない』という印象だけが残ります
一度、自分の非を認めた上で『今後は感情ではなく、改善に繋がる意見を出すようにします』と伝えられたら、それが一番大人の対応です
自由に発言したいなら、責任を持つこと
責任を負いたくないなら、言葉を慎むこと
どちらもできないなら、沈黙するのが最善
これは社会人として、信頼を積み重ねる上での最低限のルールですね
この一件は、『率直さ』と『無作法』の違いを学ぶ良い機会だったと思ってください
以上
DJあおいでした
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