こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
おはようございます。
この記事の内容を相談させていただいたものです。
この記事のdjあおいさんの返答を自分を否定してしまっている時に読み返します。
そうすると泣くことで辛い気持ちを消化でき、日々過ごすことができています。
ありがとうございます。
この相談をさせてもらった時から辞めることへの気持ちは変わらず堅いのですが、
自分の中で退職を決めた理由や自分自身の幼稚さや人との関わり方の下手さなど、これからの課題だな思うところに、心が折れてしまっています。
自分って必要ないんだなとか、人って自分のために頑張ってるんだなとか。
今までのように人のために何かを頑張れる自分でいたい、けど自分の幼稚さでそこに評価が伴わないことで周りに求めてしまう自分ではいけない(周りともうまくいかないし、自分自身も疲れてしまうからです)、だったら周りの人みたいに自分のためにだけ働けばいい(今これをやっていますが、すごく楽です)。
でも、やりたいことがわからなくなってしまいました。
退職を決めた時は、辞めるんだったら経験を積むために児童や重度の方の支援をやってみよう、相談援助も1人の人に長く寄り添えるからやってみたい、
それならある程度大きくてやりたいことを手広くやられている事業所を見に行こうと見学に行きました。
ですが、わからなくなっています。
また今回のように人とうまくいかなかったら。
自分だけが頑張っている気になって他人のせいにしてまただめになったら。
そもそも自分のために働くなら、福祉の仕事にこだわる意味って何だろう
そもそも今福祉の仕事がもうやりたいかもわからない。
人と関わってまた失敗して、自分がどんどん変わって行ってしまうことが怖い。
もう全然関係ない仕事をしようか、
多くの人と関わらない仕事ってなんだろうと、そっちでも求人を探したりしています。
私は想いはありますが、人間的に未熟で
また、ADHDとHSPっぽいところがあり、周りの人のように上手く働けません。
気になったことが頭の中からぬけず、何も手がつかない、寝れないということも多いです。
翌日がお休みだとソファー寝や車で寝て朝日で目が覚めて朝シャンなんて日もあったり…。(大人としてよくないことはわかっています…)
昔から人よりも頑張らないといけなかったし、でも頑張って成果が出た時は嬉しくて、それが自分の支えになっていました。
頑張れば利用者さんと関係性ができていく、
ちゃんと評価してくれている人がいる、
自分のやり方を認めてくれる人がいる。
でもそこが自分の未熟さとおしつけから崩れていき、私も自分のバランスがとれなくなり、
今の職場を辞めることに決めました。
想いややろうとしていることは間違っていないはずなのなのに、人についてきてもらえない、
評価されていない感覚。
認められていない感覚。
やりたければ勝手にやればいいというような空気感。
残しておけばやってくれるだろうという嫌な当たり前。
人とのコミュニケーションや汲み取ることが上手い職員たちが距離が縮まっていく中で、私だけが孤立している感覚でした。
唯一残ったのが、利用者さんとの関係性の繋がりだったと思っています。
今までのように働いていたら、また自分で自分を勝手に消耗して周りが悪いと考え、また続かないかもしれない(自分がダメな人間だと言われているようで、また同じ経験をすることが怖いです。)、
だから変わらないといけないんだと思います。
でも、自分を守る働き方に魅力を感じません。
だったらきっぱり福祉の仕事から離れて、全く違う仕事について自分の容量や特性にあった仕事をした方がいいのではないか?
現実的にも精神的にも変化が必要だと思うのですが、自分が変わってしまうことがとても悲しいです。
今の職場を退職した後自分が何をしたいのか、今はわかりません。
これが自分を守ることや成長するということなのでしょうか。
一度悩むと考え方がすごく極端になり視野が狭くなるところがあるので、考えすぎてしまっているのかもしれません。
精神科に通院し薬を服薬すれば気持ちの波がなくなり生きやすくなるのでしょうか。
自分らしく生きるとか、自分で自分を肯定することが
私にとってはすごくすごく難しいです。
依存体質なところがあるので、話を聞いてもらう意味でもやはり通うべきでしょうか。
送らせていただいてるこの文章も添削する前はすごく醜い文章でもっと重いものになっていて、
人とうまくいかない理由が自分でもわかります。
厳しい言葉でも考え方のアドバイスでも、
なにか言葉をいただきたいです。

この悩みの中心には、『理想の自分』と『現実の自分』の乖離があります
特に『人のために頑張れる自分でいたい』という強い理想像を持つ一方で
その理想に見合う結果や評価が得られなかった時に
『私は未熟だ』『人に求めすぎてはいけない』と自己否定に転じてしまう構造です
根底にあるのは、承認欲求ではなく、存在の確認欲求
『私は誰かの役に立っていい存在なのか』という問い
そのため、誰かに『ありがとう』と言われたり
努力が見える形で報われた瞬間に、心が一時的に安定する
逆に無視や軽視を感じると、存在そのものが揺らぐほどに傷ついてしまう
このタイプの方に見られやすいのが
『頑張り依存』と呼ばれる状態です
頑張ることでしか自己肯定が得られず
頑張れなくなると『価値のない自分』になってしまう
そしてその頑張りが『他者のため』であるほど
報われなかった時の反動が大きくなる
さらに、HSP気質とADHD傾向があると
他人の感情や場の空気を過敏に察知しながら
同時に注意の切り替えが難しく
ひとつの違和感や否定的な出来事に思考がロックされる傾向が強まります
結果として『考えすぎて動けない』『心身が追いつかない』という状態に陥りやすい
そのため相談者様の『もう福祉にこだわらなくてもいいのでは』という思考は
逃避ではなく、防衛反応です
『もう傷つきたくない』『もう無理をしたくない』という健全なサイン
同時に『自分を守る働き方に魅力を感じない』と感じるのも
他者貢献がアイデンティティの一部だった人特有の
自己再定義の過程にあるからです
つまり今は、『理想の自分が一度崩れて再構築されるタイミング』にいます
相談者様が『変わってしまうことが悲しい』と感じているのは
変化が『成長』ではなく『喪失』のように思えてしまうからです
でも実際は違います
今起きているのは『本来のバランスを取り戻す過程』です
人のために頑張ることが悪いわけではありません
けれど『自分をすり減らしてでも人のために頑張る』ことを続けると
人を思う気持ちはやがて義務に変わり
やさしさは自己犠牲にすり替わります
それでは誰も幸せになれません
相談者様が本当に大切にしてきたのは
『人の痛みに寄り添う力』でしょう
でもそれを続けるためには、まず自分の痛みに寄り添う力が必要なんです
自分を守る働き方に魅力を感じないのは
まだ守ることの本当の意味を知らないだけ
守ることは逃げではなく
長く優しさを続けるための技術なんです
福祉の現場を離れても、人を思うあなたの本質は消えません
それは仕事の種類ではなく、生き方の質だからです
もし今、他人と関わるのが怖いのなら
まずは自分に丁寧に関わる時間を持ってください
それが次に誰かと関わる時の免疫になります
そして精神科の受診やカウンセリングについて
あなたのように感受性が高く、自己内省が深い方は
薬で波をならし、専門家と話すことで心の余白を持てる可能性が高いです
依存ではなく、共同作業のつもりで頼ってみてください
自分をひとりで立て直そうとするよりも
他者の専門性を借りて整えることのほうが、ずっと現実的で強い
変わることが悲しいと思うのは
それだけ自分の過去を愛していた証拠です
でも、あの頃の自分を否定しなくていい
頑張っていたあなたも、もう頑張れないあなたも
どちらも正しく生きてきた証です
変わることは、あなたが壊れることではありません
ようやく自分を救いにいくことなんですよ
以上
DJあおいでした
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