こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
最近、妻に勧められてLINE登録した者です。
夜明け近くまで読み続けてしまうほど、中身が濃く、文章に引き込まれています。ぜひ相談に乗ってください。恋愛等の分野違いかもしれませんがよかったらお願いします
私は障害福祉の現場で働いています。
「発達段階や生育歴を踏まえ、個別支援計画を立てて実践する」という仕事です。
月に1~2回、理事が参加する会議で支援内容の発表があります。
ただ、その理事には「相談に行くと家庭のことまで詳しく聞かれる」「別の人にもその内容を話してしまう」という文化があります。
そのため私は、その理事のところに相談へ行くのが嫌になりました。
すると、先日の中間総括(上半期の報告)で「中身がない。経過を話しているだけ」と切り捨てられてしまいました。
言い回しや配慮ばかりを求めている自分がいることも、勉強不足な部分があることも理解しています。
それでも、「相談に行きたくない」という思いもありますし、「相談しないと評価されない」状況に納得できません。
到達できていなくても、きちんと認められるような自分になるには、どのような勉強や取り組みが必要なのでしょうか。

家族のことまで聞かれ、それを他人に話してしまう
そうした行為が文化として残っている組織には、古い共同体の名残があります
それは支援というよりも、相互監視の共同体
倫理や個人情報保護よりも、内部の秩序を優先する体質です
中でも象徴的なのが、『会議』という儀式
本来は意思決定や改善のために行われるもののはずが
実際は『上下関係を再確認する場』として機能していることが多いです
報告内容そのものよりも
『誰がどう話すか』『誰が否定されるか』『誰に同調するか』が意味を持ってしまう
つまり、会議とは実質的な議論の場ではなく
組織の力学を再生産する儀礼的構造になっているわけですね
理事が『中身がない』『経過を話しているだけ』と言い放つのも
評価のためではなく、『序列の確認』という儀式の一部と見ると理解しやすいです
彼らが求めている中身とは、支援の質ではなく
空気を読む力や忠誠の表現であることが多いのです
言い換えれば、これは合理的に見える非合理
メールで済むことをわざわざ集合して話し合う
それは『仕事』ではなく『儀礼』
近代的な合理性の仮面をかぶった、古い共同体の再演にすぎません
こうした構造では、誠実な人ほど苦しみます
正しくあろうとするほど、『空気を壊す人』になってしまうからです
でも、それは勉強不足でも、力量不足でもありません
倫理的なアップデートが組織に追いついていないだけのことです
この環境で認められるために必要なのは
迎合ではなく、構造を読み解く視点です
理事の言葉を感情で受け取らず
『この人はどのような基準で“中身”を判断しているのか』と観察する
そして、抽象的な理念ではなく、数値・頻度・行動変化といった『再現可能な根拠』で報告する
それが、古い文化を生き抜くための翻訳能力です
あなたが感じている『納得できなさ』は、個人の未熟さではありません。
それは、組織という儀礼装置と、個人の倫理観との間に生まれる構造的摩擦です
だからこそ、学ぶべきは支援技術ではなく、組織文化の読み方なのだと思います
会議が儀式と化した場所では、正しさを主張しても響かない
ならばまずは、構造を理解し、形式の中で本質を伝える言葉を持つこと
それが、真に現場を変えるための知性なのだと思いますよ
以上
DJあおいでした
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