こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
「救われなかった経験が、誰かを救う力に変わるとき」
の記事を読んで、娘と一緒の事を言ってるんだと思いました。
結婚して6年目、3歳の子どもがいます。毎日、幼稚園の送り出しや婿の出掛ける支度(ご飯など)5時前には起きてやっています。自分の支度やご飯は後回しか、ながら食べ。幼稚園に渡す手紙も準備したり、忘れ物がない様にチェック、それながら洗濯回して。目がまわるほど動いてます。婿も子ども見ながらやってますが、自分も出掛けるため途中半端なことしかできず。
それ以外に、ママ友さん達との交流で、モヤモヤしたり、イライラやモヤモヤを、話し出したらきりがないくらいです。気持ちの持ち様と言うか、言葉にできない心持ちを話しても話してもわかって貰えない、と私に言います。
そんな時、冒頭の記事を読んで、同様に感じて過ごして来た方がいるんだ、と思いました。刃物持ち出したりする事もありましたし。
どの様に乗り越えたのかな、親としてどんな声かけもらったのかな、と知りたくなりました。
そして、同様な心持ちを持っている者がここにいるよ、と伝えたくなりました。
正に、冒頭の方の悪かった時を真っ最中やってる娘に、かける言葉あるでしょうか?

『かける言葉』よりも『聞く耳』が大切なのですが
そのためには娘さんの鬱憤を吐き出してもらう必要がある
これがなかなかの難題なんですよね
『どう引き出してあげるのか』
これが傾聴の技術の核心です
まずは受容
どんな感情も否定しないこと
娘さんが話す内容、または発露する感情を
評価もジャッジもせずに受け入れること
たとえ『子どもが可愛くない』『全部放り出したい』といった言葉でも
決して否定せず
『そう思ってしまうくらい、限界なんだね』
と返します
これにより、『この人には何を話しても大丈夫』という安全感が生まれます
感情を封じ込めずに出せるようになるのは、この安心感が前提です
そして共感的理解、気持ちを代弁すること
相手の言葉の裏にある気持ちを読み取り
それを言葉で返す技術です
たとえば娘さんが
『なんか全部私ばっかりやってる気がする』
と言ったら
『頑張ってるのに報われてない感じがするんだね』
と返します
内容をそのまま繰り返すのではなく、感情の意味を言語化して返すことで
本人が『自分の気持ちを理解してもらえた』と感じやすくなります
そして要約、話を整理して返してあげてください
相手の話を短くまとめて返します
『つまり、朝から全部あなたが段取りしてて、休む暇がないってことね』
といった具合に
これは『ちゃんと理解して聞いてもらえてる』という安心と
自分の状況を客観的に見る“整理”の手助けになります
要するに
傾聴とは、『話を聞く』ことではなく、『話せる空気を作る』こと
『聞く技術』ではなく、『安心のデザイン』ですね
『話しても大丈夫』という信頼ができた瞬間
人は自然に自分の言葉で語り出します
そして、この『安心のデザイン』が完成した空間で
最も大切な要素の一つが『沈黙』を恐れないことです
娘さんが言葉を詰まらせたり、感情を整理している間
無理に次の言葉をかけようとする必要はありません
むしろ、そこで『何か言わなきゃ』と焦ってしまうと
せっかく築かれた安心の空気が破られてしまう可能性があります
沈黙は、話が終わったサインではありません
それは、感情の深呼吸
次の言葉を探す助走
吐き出した言葉を自分で噛みしめる時間
を意味します
傾聴とは、究極的には娘さんの存在と、その感情のすべてを無条件に肯定するというメッセージを伝える行為です
小手先のテクニックではなく、『あなたが何を話しても、私はあなたの味方であり続ける』という
揺るぎない信頼を示すこと
娘さんが最後に辿り着くのは、『どうすればいいか』という答えではなく
『この人がそばにいてくれるなら、私は大丈夫かもしれない』という自己肯定感と安心感です
『聞く耳』を持つことは、娘さんの言葉のダムが決壊するのを辛抱強く待ち
その奔流を受け止める器になること
その器こそが、親から娘へ贈る、最も確かな安心という名の土台なのです
以上
DJあおいでした
お知らせです
ブログ用Q&Aの相談窓口となるメールアドレスはこちらです
djaoi.otewohaishaku@gmail.com
お気軽にメールしてくださいね
お仕事の依頼はこちらまで
mrnmtzk3159@gmail.com

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の記事を読んで、娘と一緒の事を言ってるんだと思いました。
結婚して6年目、3歳の子どもがいます。毎日、幼稚園の送り出しや婿の出掛ける支度(ご飯など)5時前には起きてやっています。自分の支度やご飯は後回しか、ながら食べ。幼稚園に渡す手紙も準備したり、忘れ物がない様にチェック、それながら洗濯回して。目がまわるほど動いてます。婿も子ども見ながらやってますが、自分も出掛けるため途中半端なことしかできず。
それ以外に、ママ友さん達との交流で、モヤモヤしたり、イライラやモヤモヤを、話し出したらきりがないくらいです。気持ちの持ち様と言うか、言葉にできない心持ちを話しても話してもわかって貰えない、と私に言います。
そんな時、冒頭の記事を読んで、同様に感じて過ごして来た方がいるんだ、と思いました。刃物持ち出したりする事もありましたし。
どの様に乗り越えたのかな、親としてどんな声かけもらったのかな、と知りたくなりました。
そして、同様な心持ちを持っている者がここにいるよ、と伝えたくなりました。
正に、冒頭の方の悪かった時を真っ最中やってる娘に、かける言葉あるでしょうか?

『かける言葉』よりも『聞く耳』が大切なのですが
そのためには娘さんの鬱憤を吐き出してもらう必要がある
これがなかなかの難題なんですよね
『どう引き出してあげるのか』
これが傾聴の技術の核心です
まずは受容
どんな感情も否定しないこと
娘さんが話す内容、または発露する感情を
評価もジャッジもせずに受け入れること
たとえ『子どもが可愛くない』『全部放り出したい』といった言葉でも
決して否定せず
『そう思ってしまうくらい、限界なんだね』
と返します
これにより、『この人には何を話しても大丈夫』という安全感が生まれます
感情を封じ込めずに出せるようになるのは、この安心感が前提です
そして共感的理解、気持ちを代弁すること
相手の言葉の裏にある気持ちを読み取り
それを言葉で返す技術です
たとえば娘さんが
『なんか全部私ばっかりやってる気がする』
と言ったら
『頑張ってるのに報われてない感じがするんだね』
と返します
内容をそのまま繰り返すのではなく、感情の意味を言語化して返すことで
本人が『自分の気持ちを理解してもらえた』と感じやすくなります
そして要約、話を整理して返してあげてください
相手の話を短くまとめて返します
『つまり、朝から全部あなたが段取りしてて、休む暇がないってことね』
といった具合に
これは『ちゃんと理解して聞いてもらえてる』という安心と
自分の状況を客観的に見る“整理”の手助けになります
要するに
傾聴とは、『話を聞く』ことではなく、『話せる空気を作る』こと
『聞く技術』ではなく、『安心のデザイン』ですね
『話しても大丈夫』という信頼ができた瞬間
人は自然に自分の言葉で語り出します
そして、この『安心のデザイン』が完成した空間で
最も大切な要素の一つが『沈黙』を恐れないことです
娘さんが言葉を詰まらせたり、感情を整理している間
無理に次の言葉をかけようとする必要はありません
むしろ、そこで『何か言わなきゃ』と焦ってしまうと
せっかく築かれた安心の空気が破られてしまう可能性があります
沈黙は、話が終わったサインではありません
それは、感情の深呼吸
次の言葉を探す助走
吐き出した言葉を自分で噛みしめる時間
を意味します
傾聴とは、究極的には娘さんの存在と、その感情のすべてを無条件に肯定するというメッセージを伝える行為です
小手先のテクニックではなく、『あなたが何を話しても、私はあなたの味方であり続ける』という
揺るぎない信頼を示すこと
娘さんが最後に辿り着くのは、『どうすればいいか』という答えではなく
『この人がそばにいてくれるなら、私は大丈夫かもしれない』という自己肯定感と安心感です
『聞く耳』を持つことは、娘さんの言葉のダムが決壊するのを辛抱強く待ち
その奔流を受け止める器になること
その器こそが、親から娘へ贈る、最も確かな安心という名の土台なのです
以上
DJあおいでした
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