こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
こんにちは、はじめまして。
メールを拝読するたびに、
私の想像のつかないあおいさんのお答えにいつも感銘を受けております。
彼のことで悩んでることがありまして苦しくなってしまいご相談したいです。
彼は最近あるサークルに入ることを検討しています。新しいことを始めるのは私も大賛成で楽しんできて欲しいと思いますし、これまでも彼が新しいことを始めるときは賛成してきました。しかし今回のそのサークルは、主に女性の集まりで私の知り合いもいます。そして私はその方達があまり好きではありません。
気持ちよく送りだそうと何度も気持ちをきりかえますが、どうしても出来ず、嫌味なことを言ってしまったり、私の思うその女性達の嫌いなところを口に出してしまったり…
彼も、自分のやりたいことと私への配慮で困っているようです。
彼のことを信頼しているつもりなのですが、信頼しきれていないからこんなにイヤな気持ちになるのでしょうか。それとも嫉妬なのか。
自分の気持ちには蓋をして彼を快く送り出すべきなのか、イヤなものはイヤだと彼に主張し続けていいのか、どうすればよいのでしょうか。
まとまらなくて申し訳ありません。
寒くなってきましたので、お体にはお気をつけ下さい。

これは『信頼』や『嫉妬』という表層的な感情の問題というより
根っこにあるのはエゴ(自己の欲求や価値観を中心に据えたい気持ち)の問題ですね
もう少し分解して説明すると
相談者様は『彼の新しい挑戦を応援したい』という理性的な願望と
『自分の嫌いな女性たちと関わってほしくない』という感情的な拒否反応の間で葛藤しています
ここでは彼への『信頼』が問われているわけではなく
むしろ『自分の心地よい世界を守りたい』という自己防衛本能が働いているんですね
つまり、
嫉妬 → 『彼を取られるかもしれない』
不信 → 『彼が裏切るかもしれない』
といった他者に焦点を当てた不安ではなく
エゴ → 『私が嫌っている人たちと、私の大切な人が関わるのがイヤ』
という、自分基準の価値観へのこだわりが根本にあります
人は誰しも、自分の嫌いな世界に大切な人が足を踏み入れるのを不快に感じます
それは相手を信用していないからではなく
自分が嫌うものと、自分が愛するものを同じ場所に置きたくないという
心理的整合性の崩れが耐え難いからです
この不快感こそがエゴの正体であり
『世界は自分の価値観で整っていてほしい』という心の防衛反応ですね
『信じきれていないのか』『嫉妬なのか』と悩むよりも
『自分の“嫌い”という感情を、彼の行動に投影していないか』と自分を再定義することが建設的です
もし彼がそのサークルで何かを得たいのなら、それは彼の人生の一部です
それを『私が嫌いだから』という理由で止めようとするのは
信頼不足ではなく支配欲に近い行動になってしまいます
エゴを完全に消すことはできませんが
『自分の心地よさを守るために、彼の自由を制限しようとしているな』と気づけるだけでも
その感情を客観的に見ることができるようになります
要するに
これは嫉妬や信頼の問題ではなく
『自分の世界に他人をどう入れるか』という心の境界線(エゴ)の問題なんですよ
以上
DJあおいでした
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