こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
あおいさん、こんばんは。
35歳女です。
最新記事はもちろん、過去記事も見返して心の支えにさせていただいております。
いつもありがとうございます。
誰にも言えないのですが、
生まれてから25年くらいは、ずっと◯にたいと思っています。
母と、母の母(祖母)の関係が特徴的だったのかなと思っています
よくある話ですが
祖母は母をネグレクトしてきた、祖母は自分より若い女やかわいい女は許せないタイプ、だけど母は愚痴を言いつつも祖母尽くす…というパターンです。
母は小さい頃替えの服がなかったりお風呂に入れなくて周りからいじめられるタイプだったそうです。
だから、ずっと母の愚痴を聞いてました。
やっぱ母の機嫌が気になってました。
15年以上離れて暮らしてますし、思い出すことも少ないですが。
7歳、小1の時にテレビを観ながら「キリがいいから10歳で◯のう!」と思った記憶があります。
やっぱり今でも、
自分さえいなければみんなハッピーと思う
だとか、
この毎日を繰り返すことに意味不明に絶望する
だとか
ずっとずっと思います。
生きてきたのではなく、
◯なないようにしていた
だけです。
こんなだから、学生時代の友達もだんだん離れて
ここ数年誰とも会っていません。
ごはんも食べれるし、眠れています。
だからわたしは辛くないと言い聞かせています。
でも、ふとした時にもう今回ばかりはもうだめだ、と思うときがあります。
漂うのに疲れてしまいました。
わたしはどこからなにをしていけばいいんでしょうか。

文章から読み取れるように、母親はアンビバレントな特徴を持ち
その母親(祖母)は自己愛的で他者支配的な人物像が浮かびます
その結果、相談者様は『母の感情の面倒を見てきた子供(親役割)』として育ってしまったのではないでしょうか
つまり
『母の機嫌を取る=自分の生存戦略』
『自分がいなければ母は崩壊する』
という条件付きの存在価値しか与えられなかった
これは自己存在の根拠が他者(母)の感情に依存している状態であり
『過剰適応型の愛着トラウマ』や『複雑性PTSD』の領域に入ってくるものです
7歳で『キリがいいから10歳で死のうと思った』という記述も
実は感情ではなく理性による自分の整理であり、極めて冷静な絶望です
この時点で『感情が麻痺していた』=『慢性的な防衛反応』と言えます
『生きてきたのではなく、死なないようにしてきた』
この一文は非常に象徴的です
生の動機づけ(自分のために生きる)が育たず
死なないために生きる(他者のために耐える)しかなかったという構造
これは『生の主体性の欠落』というトラウマ反応の典型です
これは一見、希望のない言葉に見えますが
生存本能がまだ機能しているというサインです
生きたいと思えない、でも『死なないようにする』ことはやめられない
という矛盾の中で、相談者様は生き延びている
これは意志的行動ではなく、防衛本能・適応反応です
『死なないようにする』というのは、希望ではなく抵抗だけれど
その抵抗こそが命の側の力であり
また、生きづらさの根源でもあるんですよね
希死念慮というのは『死にたいと思うこと』ではなく
実際には『この生をこのまま続けることに耐えられない』という感情表現です
一方で、人間の本能としては『死にたくない』も同時に存在する
つまり、相談者様の中には常に
死にたい自分と死にたくない自分がせめぎ合っている
そして35歳まで生きてきたということは
その戦いの中で毎回、死なないほうを選び続けてきたということです
これは『弱さ』ではなく、『持続的な抵抗力』です
相談者様が言う『意味不明な絶望』も、『自分さえいなければ』という言葉も
根底にあるのは『死にたい』ではなく『生きづらい』なんですよね
死への願望というより、『この形のまま生きるのが苦しい』という悲鳴
だからこそ、相談者様は実際に命を絶たなかった
無意識のうちに『死なない方がまだまし』と判断し続けた
つまりそれは、絶望の中でも『生』の側を選び取っている反応なんです
こういう人は、人生を『生きる』ではなく『回避で支える』という傾向があります
無難に振る舞う、他人を優先する、自分の欲求を抑える
これは、生きる意志がないわけではなく
『生きたい』という感情を持つことを恐れている状態
なぜなら『生きたい』と思ってしまうと、再び失望する可能性があるからです
幼少期の環境で形成された価値観は、本人のアイデンティティに深く混ざり込みます
だから本人は『自分がそういう人間なんだ』と信じてしまう
しかし、そこに『これは私の性質ではなく、環境が作った反応だった』と気づけた瞬間
内在化していた他者(母)の声と本来の自己を切り離すことが可能になります
『私は母に合わせるためにそう振る舞っていただけだった』
この気づきが、条件付き価値からの離脱を始めるスイッチになります
人間は『知らない枷』には縛られ続けますが
『見えた枷』は、もう選べる対象になる
メタ認知的距離が生まれることで
自分の内側にある他人の声を
自分のものとして反射的に信じなくなる
この瞬間から
『私は母の機嫌を取るために生きていた』
『でももう、それは必要のない生き方だ』
という再選択が可能になります
トラウマの記憶そのものは消せませんが
その記憶が自分を規定する力を失うのです
過去の構造を再文脈化できれば
その価値基準に縛られる必要はなくなります
それが心理的解毒です
『母のようにならない』『新しい価値観を身につける』という再学習も大切ですが
根本的には当時の自分を、誤っていなかったと再評価すること
あのときの自分は、あの環境で最適に適応していた
そう認められたとき、生き延びた自分が敵ではなく味方になる
自分の中に染みついていた価値基準が後天的な刷り込みだと気づいた瞬間
それはもう『絶対的な真実』ではなく『選択可能な考え方』になる
この気づきこそが、条件付き存在価値の解毒剤です
そして、この自覚を持てるようになった時点で
相談者様はすでに『縛られる側』から『観察する側』へと移行し始めています
『私はもともとこうだった』ではなく
そう思い込まされていただけだった』
この一線を越えることが、トラウマ回復の核心です
以上
DJあおいでした
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