こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
こんにちはあおいさん。
私はもともと、不眠症や不安障害、感情の不安定さがあり精神科にかかっていました。親しい人の自殺、男性との距離感がうまくとれないこと、不規則な仕事、人間関係、異動など様々なことが重なり不安定さがコントロール出来ず数年前に双極性障害Ⅱ型と診断を受けました。休みを繰り返しましたが薬物療法で落ち着き今は復帰し何とか社会生活を送っています。人間関係では休みの間に異動してきた理解のある人が職場におり本当に心の支えになっています。ただ、時々人生そのものが色褪せているような、このまま生きていって何が残るのだろうかととても物悲しさを感じます。18歳頃から希死念慮もあるため生きていることそのものに希望はありませんでした。ただ考えようによっては症状が落ち着いているからこその人生の平坦さ(何も起こらないことが幸せでもある)がつまらなく感じているのかもしれない、年齢相応の寂しさを感じることが出来るようになったのかもしれないとも思います。
あおいさんにとって、病気や障害を抱えながらの人生のあり方、もし思うところあったら教えて下さい。

『生きていて何が残るのだろう』
この問いは、病気の有無にかかわらず、多くの人が一度は立ち止まって考えるものです
ただ、双極性を経験された方にとっては、その問いがより実感を伴って迫ってくることと思います
なぜなら、感情の振れ幅が極端に大きい時期を経て
薬物療法によって安定が得られた今
『何も起こらない日々』が、かつての激しさと対比されて色褪せて見えてしまうからです
でも、そこにあるのは『退屈』ではなく
『静けさ』という新しい経験なのだと思います
かつては感じ取る余裕もなかった平穏という時間を
いま初めて感じ取れる段階に来たのではないでしょうか
平穏をつまらないと感じるというのは
それだけ感受性が回復している証拠でもあります
また、『支えてくれる理解ある人がいる』という事実は
かつての自分には想像もできなかった『関係の安定』を手にしているということです
人生が色褪せて見えるのは
刺激が減ったからではなく
かつての生き延びるための緊張感から解放された心が、次の居場所を探しているから
言い換えれば
『生きるため』ではなく
『どう生きたいのか』をようやく考えられる段階に来たということです
病気を抱えて生きることは
限界を知りながらも
その中で自分なりの速度を見つけていくこと
『完全な回復』よりも
『揺らぎながらも生きている』という事実こそが
確かな希望なのだと思いますよ
以上
DJあおいでした
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