こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
DJあおいさんこんにちは
いつも見させてもらってます。私は20代後半です。
最近人生に疲れてしまい、何しても楽しくない状態が2年くらい続いています。結婚して旦那もいるのですが、精神的に弱ってしまい、早く○んでしまいたいと思うことがあります。
これといった大きな出来事があったわけではなく
日々の生活でのストレスが少しずつ重なり、なんでもない時に泣いてしまう事があります。
私的には結構限界なんだなと思い、仕事をフルタイムからパートにして少しセーブしたいと思ってます。欲を言えば、しばらく休みたいです。
ですが旦那は明確な理由もないのに許してくれるはずがありません。私の体調は私にしかわからないのに休む事は甘え、何がそんなにきついのかわからないなどといい、許してくれません。
確かに、将来の事も考えると二馬力の方が安心だということ、旦那だけの収入だと少し我慢することが今までより増えること等、懸念点はわかります。
ですが、仕事を休む事ができないのであれば早く○んでしまいたいとさえ思っています。
考え方が極端なのはわかっているのですが、
どうすれば旦那に伝わるでしょうか。
特に最近はテンションが上がらないため友達を誘ったりする元気もなく遊ぶこともできません。
ご飯もあまり食べれず休みの日はほとんど食べません。なので普段はすごく元気なのにという訳ではないです。

ともあれ『原因不明の希死念慮』でなくて良かったと安堵しています
このケースは慢性的な過労とストレスによる心身の疲弊が中心にあります
つまり、本人の中では筋道が通っている苦しみなんですよね
相談者様の『死にたい』という言葉は
実際には『休みたい』『解放されたい』という欲求の言い換えです
自分を追い込んでしまう環境(仕事・夫の理解不足・自己責任感の強さ)から逃げられないことで
出口を“死”に見出すしかないほど追い詰められている状態です
つまり、生きる力が尽きたわけではなく
休む許可がもらえないことが致命的に苦しいのです
旦那さんは『休む=怠け』と認識しており
これは『理屈の通る正論っぽい圧力』で妻を押さえつけている構図です
しかし、体調やメンタルの限界は客観的説明が難しい領域で
『理解されないこと』そのものが二次的なストレス源になっています
彼の論理は正しく見えて、実際には人の限界を数値化して理解しようとする非人間的な誤りです
相談者様は自己認識が明確で、原因がないわけではないと冷静に語れるほど理性的
つまり、鬱状態にあるにも関わらず、理性がまだ機能しているタイプです
このタイプは感情的に爆発して助けを求めることが難しく
『まだ動けるから大丈夫』と誤解されやすい
しかし実際には、限界を超えても自分を律してしまう危うさがあります
本当に必要なことは
『夫を説得すること』ではなく、『夫の理解がなくても休む』ことです
なぜなら、夫の理解を得る前に倒れてしまっては元も子もないからです
人間は壊れる前にブレーキをかける責任がある
そのブレーキを他人の許可に委ねてはいけません
『生殺与奪の権を他人に握らせるな(by義勇さん)』ってことですね
夫への伝え方としては、論理よりも医師など第三者の診断書という『客観的根拠』を介するのが最も効果的です
『あなたが納得しないなら、医者の意見を聞いて』と言える状況に持っていく
これにより、『夫に理解させる負担』を自分から切り離すことができます
生きることに疲れたときは、休むことも責任です
誰かの許可がないと休めない人生なんて
そんなのはもう生きてるとは言えません
ちゃんと休む勇気を持ってください
それは甘えではなく、生き延びるための生存戦略なんですよ
以上
DJあおいでした
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