こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談をいただきましたよ







お悩み

1年前の4月に父方の祖父が亡くなったのですが、亡くなる1年ほど前から入院していました。
祖父が入院した時点から、少しずつ家の整理をした方が良い(いわゆる終活)と母が祖母に話をしていたのですが、祖母はそれを断り続けていました。

そして去年の4月に祖父が亡くなった後、とてもじゃないですが祖母1人で祖父の遺品を片付ける事はできず、父が兄と私に部屋の整理を頼んできました。
祖父の部屋と物置を片付けるだけで2トンのダンプカー1台でも積み切らないほどの荷物が出ました。

それがあったからこそ、祖母にも少しずつで良いから家の片付けをするように話をしているのですが、「捨てる」ということに酷く抵抗があるようです。

本人からすれば思い入れのあるものかもしれませんが、本人以外から見れば片付けが大変なものたちばかりにしか見えず、本人がそれを自分でなんとかしようとしない姿勢にもかなり腹が立ちます。

海外に旅行に行った際に購入した食器、30cm以上ある貝殻が10個以上、何十人が住んでるんだ?という量の布団、ウミガメの剥製、火縄銃のレプリカ、何十冊もある画家の作品集…(ほとんどのものは埃を被っており、Gのフンまみれだったりします…)

「捨てる」は最終手段にしたいらしく、1つが10円50円にしかならないのに公民館のフリーマーケットに出したり、JAの人に売ってもらうなど、手間と売れた時の金額を考えると捨てた方が圧倒的に早いですが、捨てなくても良いならできるだけ人に使ってもらいたいという気持ちがあるのか、手放さないものばかりです。
ここまで来ると、やりたくないですが「私が使うから持って帰るね」と嘘をついて片付けてしまいたくなります。

父は祖母と自分が死んだら私がこの家を好きにして良いと言っているので、「ならこの家を片付けていいっていう許可を婆さんから貰ってくるか、家主として自分がこの家を片付けて良いって許可を出して。こんなゴミ屋敷残されても私は大迷惑。」と伝えましたが、いつも酔っ払ってヘラヘラと笑うばかりで話になりません。
祖母が亡くなったとしても自分が家を片付ける気も体力も無いことを自覚しているようですが、中学生男子のように祖母と話をしたくないようで、片付けの話も全く進みません。

私たちもこれから歳をとり、片付けをするのが年々しんどくなるため、手伝うなら早いうちがいいと思っています。
長年持っていた自分のものを手放すこと、自分がいなくなってしまった後のことを想像することに抵抗がある気持ちはわかりますが、残された人の気持ちも少し考えてもらいたいとも思ってしまいます。

この件に今後どうアプローチをしていくべきか、あおいさんの考えを聞かせていただきたいです。
長文になってしまい申し訳ありません。
急に涼しくなったりまた暑くなったりしておりますが、お身体にお気をつけください。



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祖母にとって、祖父の遺品や思い出の品は、夫とのつながりそのものです
それを手放すことは、『夫がもう本当にいない』という現実を受け入れることを意味します
この『現実の受容』は、グリーフプロセスの中でも最も苦しい段階です

つまり『捨てない』『片付けない』という行為は
祖母にとっての心の防衛反応であり
『現実をまだ少しだけ保留していたい』という無意識の抵抗なのですよ

埃やGフンにまみれた状態であっても
それは祖母にとって『まだそこに夫がいる』という感覚を保つための象徴的な空間になっているわけですね

祖母は、祖父の死をきっかけに自分自身の老いや死とも向き合わざるを得なくなっています
『捨てる』『整理する』といった行為は、単なる片付けではなく
『自分の死の準備』を意味するものとして感じられやすいのです
特に戦中・戦後を生きた世代には、『ものを大切にする』という価値観が深く根づいており
『手放す=裏切り』とすら感じる人もいます
祖母にとっては、生きる意欲の最後の拠りどころが『モノ』になっている可能性もあります

グリーフケア的に大切なのは、『捨てなさい』『片付けよう』ではなく
『何を残したいのか、一緒に考えよう』というアプローチです

例えば

『この食器はおじいちゃんとどんなときに使ってたの?』と話を聞く

『これは形見として残して、他のものは写真に撮って記録しようか』と提案する

『誰かに譲る=おじいちゃんの思い出が引き継がれる』と、手放すことの意味を変えていく

つまり、『捨てる=喪失』ではなく
『譲る=継承』として受け止められるように導くのが大切なポイントです
記録する・語る・写真に残す、といった形で心理的な弔いのプロセスを補完できます

ご相談者様やお父様の怒りや苛立ちは、ごもっともなのかもしれません
しかし、その背景には『自分が将来困る』『負担を背負いたくない』という現実的な不安だけでなく
『どうして気づいてくれないの』『私の努力を無視しないでほしい』という二次的な悲嘆も含まれています

このとき、家族の誰か一人が整理の実務者になってしまうと、感情的対立が生まれやすいです
『家を守る/片付ける』という責任の所在を明確にし、感情ではなくプロセス管理の課題として共有することが重要です

祖母にとってモノは『記憶の外付けハードディスク』のようなものです
それを削除することは、心の一部を削るように感じるでしょう
だからこそ、焦らせず、『おじいちゃんの思い出をどう残していくか』という未来志向の問いかけが有効です

祖母の『捨てない』は、意地ではなく『まだ悲しみが終わっていない』というサインです
しかし、あなたの『このままでは困る』という思いもまた正当な主張です
悲嘆と現実のバランスをとるには、誰かが『手伝う人』ではなく『伴走する人』になることが必要です
焦らず、しかし諦めず
少しずつ『整理』ではなく『継承』として向き合っていくことをおすすめします


以上
DJあおいでした



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