こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
あおいさんは職業差別についてどう思われますか?
元AV女優の方がテレビに出たら「不快だから出るな」と言われたり、カラコンをプロデュースしたら「モデルの真似事みたいなことをして子供の憧れのような存在になるなんておかしい」と言われたり、イベントでウェディングドレスを着たら実際にそのドレスをレンタルする予定だった方に「セクシー女優と同じものを着るなんて最悪。」と言われたり。
私は、批判する人たちの気持ちも分からなくはないのですが、そういう女優さんのお仕事に社会的意義が全くないとは思わないので、考えが行ったり来たりです。(何も批判をSNSで発信する必要はないのでは…と思いますが。)
職業差別の問題について、あおいさんのお考えを聞きたいなと思いました。
よろしくお願いします。

『職業に貴賎はない』と言葉ではよく言いますが
実際には『感情的な貴賎』はまだまだ根強く残っています
元セクシー女優という肩書きに対して『不快』『子どもに悪影響』といった反応が出るのは
理性ではなく情動による拒絶反応です
つまりその職業が悪いのではなく
自分がその世界を理解できないことへの防衛的反応なのです
まず前提として、成人向け作品は合法であり、需要がある以上は市場が成り立っています
つまり社会全体がその産業を暗黙的に許容している
視聴する人は多く、にもかかわらず出演者だけが社会的に排除される
それは構造的に矛盾しています
見ている側がその産業を成り立たせている以上
出演者を蔑視するのは自己矛盾でしかありません
また、セクシー女優という職業は『人の欲求を代替的に満たす』という意味で、社会的役割を担っているとも言えます
食欲・睡眠欲と同じく、性欲も人間の根源的欲求の一つ
それを安全かつ合法的に満たす仕組みがあるというのは、社会全体の安定にも寄与しているのです
これを『下品だから排除しろ』というのは、単に自分の快・不快を社会規範に置き換えているだけ
倫理ではなく感情による線引きに過ぎません
さらに言えば、どんな職業であれ『次に何をするか』はその人の自由です
元セクシー女優がカラコンをプロデュースしようが、ウェディングドレスを着ようが、それは個人の表現活動
法的にも倫理的にも何の問題もありません
過去の職業によって未来の活動を制限するのは、自由社会の原則に反します
人は『一度どこかの職業に就いたら、一生その印象のまま』などというレッテルで生きるべきではないのです
批判する人の多くは、『自分の価値観に合わないものが公共の場に出る』ことに不快感を覚えているに過ぎません
しかし公共とは、特定の誰かの感情を基準に排除する場所ではありません
公共性とは多様性を受け入れること
もし誰かが不快だと言って他者を排除できるなら、社会はどんどん排他的になり、最後には自分自身も排除される側になります
したがって、『全然OK』です
それは倫理的寛容でも情緒的共感でもなく、単なる合理性の問題です
合法的に生きている人を不当に差別する理由は存在しません
どんな職業であれ、それを選び生きてきた人の権利と尊厳は、平等に尊重されるべきなのです
私も出版のイベントで、今やレジェンドクラスのセクシー女優さんと対談したことがありますが
とても礼儀正しく、理知的で、また親しみやすくもあり、その人のことは尊敬すらしていますよ
以上
DJあおいでした
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