こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
あおいさん、はじめまして。
いつもサイトを拝見させていただいております。
今回は育児のことでご相談をさせていただきます。
私には生後5ヶ月の息子がいます。3時間おきの新生児期を経て、ご機嫌な状態で赤ちゃんを置くことができず抱き続けた生後2、3ヶ月を経て、やっと楽になってきた4ヶ月、そしていまは寝返りができるようになり昼夜ともになかなか赤ちゃんが寝れず、自分時間はないのはもちろん、赤ちゃんの状態に常に気を張って、やっと寝てくれたと思ったら疲れ切って動くことができず、
夫は仕事が忙しく、休日もほとんどワンオペなので、仕事に換算すると、毎日4:00-8:00(夫の担当時間)以外の時間を平日休日関係なく数ヶ月働き続けています。
前は洗濯をしながら、ルンバをオンにしながら、一瞬で食器も洗いながらと育児と家事を両立できていたのですが、最近はもう育児以外頭が回らなくなってきて、自分のお風呂や掃除や家事が全然できなくなってきました。
以前、時間外140時間の過労で適応障害になったことがあり、その時もだんだん思考が回らなくなってきてミスが増えたりという経験があったので、同じ状態になりかけていると思います。
最近は不眠にもなってきて、寝ようにも寝れません。夫の仕事上、これ以上頼むのは難しいのでシッターさんを月に何回か助成金を使って頼んでいますが、他の皆さんはどうやって育児をしているのか、ワンオペ育児なんてよく聞く話で自分は甘えているのか、適応障害になった過去も自分の甘えだとどうしても思ってしまうので、やはり自分はそういう人間なのかと思ってしまいます。
息子は本当に可愛くて、息子を見ると放って置けません。今しかないこの時期を逃さないようにという気持ちも強く、また夫の育児を見て、長い時間は任せられないなと思ってしまったりなかなか甘えられない自分もいます。
でも正直、子供を産んでからボロボロですし、自分の人生を取り戻せる気がしません。
母親は皆そうなのでしょうか。
今保育園入所待ちで、保育園が決まれば仕事も再開しますが、このままだと体力的にもちません。
何かアドバイスを頂けますと幸いです。

戦後の日本では、経済成長を支えるために都市部への人口集中が促され
住宅政策や労働政策によって、三世代同居から核家族へと家族構造が変化しました
持ち家・郊外・サラリーマン家庭
それが理想のライフスタイルとして奨励されたのです
こうして、祖父母や親戚などの『育児の共助ネットワーク』は消えていきました
つまり、核家族化は文化の変化ではなく、政策の帰結として生まれた構造だったんですね
とはいえ、高度経済成長期やバブル期の母親たちは
実際には完全な『孤立育児』をしていたわけではありません
近所同士の助け合い、ママ友との連帯、子どもの預け合い
おかずのやり取りや立ち話の情報交換
そうした『母親同士の共同体』が、擬似的な共同育児の形として機能していました
名目上は『ワンオペ』でも、実際には『ワンオペ同士の支え合い』によって成り立っていたのです
しかし、バブル崩壊後の共働き化・転勤社会・都市の匿名化によって
その共同体は急速に消えていきました
頼れる人がいない、声をかけづらい、助けを求めることが迷惑とされる
こうして、育児は本当の意味で『孤立した個人の仕事』になっていきました
にもかかわらず、旧タイプのバ…お姉様方は依然として『昔の母親はできていた』と言い張ります
かつては共同体が支えていた構造を
いつの間にか『母親一人の努力と根性』にすり替えられたのです
つまり、支え合いの仕組みが失われたにもかかわらず、
制度が空いた穴を、気合と根性で埋めるよう求められている
これが現代のワンオペ育児の本質ですね
ワンオペ育児は、母親の甘えや現代人の弱さの問題ではありません
それは、政策によって作られた構造が
十分に制度で補われなかった結果として生じている社会設計上の歪みです
本来、政策で生じた変化は政策でカバーするのが当然です
育児が共同体の支えを失ったなら、その分を制度的に補うべき
それを『母親の努力』に還元してしまう限り
この国の育児は永遠に根性論のままです
必要なのは
『頑張る母親』ではなく、『頑張らなくても回る仕組み』です
保育制度、産後ケア、在宅支援、地域の助け合い、テクノロジーの活用
それらを個人の善意や家庭の努力に頼らず
社会のインフラとして整えること
それが本来、政策が果たすべき責任なんですよね
『母親同士の支え合い』によって成立していた時代の育児を
『母親一人の努力』で再現させようとする社会構造
それこそが、『ワンオペ育児』という言葉が生まれた理由なのかもしれません
ワンオペ育児とは、もともと個人で完遂できる仕事量ではありません
24時間体制で赤ちゃんの命を守ることは
一人の人間が努力や根性でこなせるようなものではないのです
どうか、『できない自分』を責めないでください
『できない』のではなく、『できるように設計されていない』だけです
あなたは甘えているのではなく
制度の空白を一人で埋めようとしている
それは誰にでもできることではありません
すでに、十分すぎるほど頑張っています
そして、もし今後も少しずつ息切れを感じるようなら
支えを求めることを『弱さ』ではなく『戦略』として捉えてください
行政の産後ケアやシッター助成を継続的に使う
地域のファミサポや保健師に相談する
オンラインでもいいので、同じ立場の母親たちとつながる
それらは『甘え』ではなく、社会の歯車を正しい方向に戻す行為です
あなたが助けを求めることで
ひとりでは抱えきれない構造を可視化することになるのです
どうか、自分の限界を恥じずに
母親である前に、一人の人間として生き延びることを最優先にしてください
子どもは、笑っている母親の背中からしか安心を学べません
あなたが生き延びること、それ自体が
すでに立派な育児なのですよ
以上
DJあおいでした
お知らせです
ブログ用Q&Aの相談窓口となるメールアドレスはこちらです
djaoi.otewohaishaku@gmail.com
お気軽にメールしてくださいね
お仕事の依頼はこちらまで
mrnmtzk3159@gmail.com

読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
あおいさん、はじめまして。
いつもサイトを拝見させていただいております。
今回は育児のことでご相談をさせていただきます。
私には生後5ヶ月の息子がいます。3時間おきの新生児期を経て、ご機嫌な状態で赤ちゃんを置くことができず抱き続けた生後2、3ヶ月を経て、やっと楽になってきた4ヶ月、そしていまは寝返りができるようになり昼夜ともになかなか赤ちゃんが寝れず、自分時間はないのはもちろん、赤ちゃんの状態に常に気を張って、やっと寝てくれたと思ったら疲れ切って動くことができず、
夫は仕事が忙しく、休日もほとんどワンオペなので、仕事に換算すると、毎日4:00-8:00(夫の担当時間)以外の時間を平日休日関係なく数ヶ月働き続けています。
前は洗濯をしながら、ルンバをオンにしながら、一瞬で食器も洗いながらと育児と家事を両立できていたのですが、最近はもう育児以外頭が回らなくなってきて、自分のお風呂や掃除や家事が全然できなくなってきました。
以前、時間外140時間の過労で適応障害になったことがあり、その時もだんだん思考が回らなくなってきてミスが増えたりという経験があったので、同じ状態になりかけていると思います。
最近は不眠にもなってきて、寝ようにも寝れません。夫の仕事上、これ以上頼むのは難しいのでシッターさんを月に何回か助成金を使って頼んでいますが、他の皆さんはどうやって育児をしているのか、ワンオペ育児なんてよく聞く話で自分は甘えているのか、適応障害になった過去も自分の甘えだとどうしても思ってしまうので、やはり自分はそういう人間なのかと思ってしまいます。
息子は本当に可愛くて、息子を見ると放って置けません。今しかないこの時期を逃さないようにという気持ちも強く、また夫の育児を見て、長い時間は任せられないなと思ってしまったりなかなか甘えられない自分もいます。
でも正直、子供を産んでからボロボロですし、自分の人生を取り戻せる気がしません。
母親は皆そうなのでしょうか。
今保育園入所待ちで、保育園が決まれば仕事も再開しますが、このままだと体力的にもちません。
何かアドバイスを頂けますと幸いです。

戦後の日本では、経済成長を支えるために都市部への人口集中が促され
住宅政策や労働政策によって、三世代同居から核家族へと家族構造が変化しました
持ち家・郊外・サラリーマン家庭
それが理想のライフスタイルとして奨励されたのです
こうして、祖父母や親戚などの『育児の共助ネットワーク』は消えていきました
つまり、核家族化は文化の変化ではなく、政策の帰結として生まれた構造だったんですね
とはいえ、高度経済成長期やバブル期の母親たちは
実際には完全な『孤立育児』をしていたわけではありません
近所同士の助け合い、ママ友との連帯、子どもの預け合い
おかずのやり取りや立ち話の情報交換
そうした『母親同士の共同体』が、擬似的な共同育児の形として機能していました
名目上は『ワンオペ』でも、実際には『ワンオペ同士の支え合い』によって成り立っていたのです
しかし、バブル崩壊後の共働き化・転勤社会・都市の匿名化によって
その共同体は急速に消えていきました
頼れる人がいない、声をかけづらい、助けを求めることが迷惑とされる
こうして、育児は本当の意味で『孤立した個人の仕事』になっていきました
にもかかわらず、旧タイプのバ…お姉様方は依然として『昔の母親はできていた』と言い張ります
かつては共同体が支えていた構造を
いつの間にか『母親一人の努力と根性』にすり替えられたのです
つまり、支え合いの仕組みが失われたにもかかわらず、
制度が空いた穴を、気合と根性で埋めるよう求められている
これが現代のワンオペ育児の本質ですね
ワンオペ育児は、母親の甘えや現代人の弱さの問題ではありません
それは、政策によって作られた構造が
十分に制度で補われなかった結果として生じている社会設計上の歪みです
本来、政策で生じた変化は政策でカバーするのが当然です
育児が共同体の支えを失ったなら、その分を制度的に補うべき
それを『母親の努力』に還元してしまう限り
この国の育児は永遠に根性論のままです
必要なのは
『頑張る母親』ではなく、『頑張らなくても回る仕組み』です
保育制度、産後ケア、在宅支援、地域の助け合い、テクノロジーの活用
それらを個人の善意や家庭の努力に頼らず
社会のインフラとして整えること
それが本来、政策が果たすべき責任なんですよね
『母親同士の支え合い』によって成立していた時代の育児を
『母親一人の努力』で再現させようとする社会構造
それこそが、『ワンオペ育児』という言葉が生まれた理由なのかもしれません
ワンオペ育児とは、もともと個人で完遂できる仕事量ではありません
24時間体制で赤ちゃんの命を守ることは
一人の人間が努力や根性でこなせるようなものではないのです
どうか、『できない自分』を責めないでください
『できない』のではなく、『できるように設計されていない』だけです
あなたは甘えているのではなく
制度の空白を一人で埋めようとしている
それは誰にでもできることではありません
すでに、十分すぎるほど頑張っています
そして、もし今後も少しずつ息切れを感じるようなら
支えを求めることを『弱さ』ではなく『戦略』として捉えてください
行政の産後ケアやシッター助成を継続的に使う
地域のファミサポや保健師に相談する
オンラインでもいいので、同じ立場の母親たちとつながる
それらは『甘え』ではなく、社会の歯車を正しい方向に戻す行為です
あなたが助けを求めることで
ひとりでは抱えきれない構造を可視化することになるのです
どうか、自分の限界を恥じずに
母親である前に、一人の人間として生き延びることを最優先にしてください
子どもは、笑っている母親の背中からしか安心を学べません
あなたが生き延びること、それ自体が
すでに立派な育児なのですよ
以上
DJあおいでした
お知らせです
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