こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
私は38歳。彼は46歳バツイチ。
付き合って6年になりますが、お互い結婚は強く考えていません。また、どちらも子供は不要として付き合っています。
最近、彼の父が亡くなり、偶然にも同郷のためお互いの実家にいる事が長くありました。
そこで、お互いの兄に家族がある姿を見たり、親戚に会ったりする際に子供がいたほうがいいのでは。と考えることが多くなりました。
ですが私は子供が苦手で、産んだとしても育児ができると思えません。虐待して捕まる未来も想像します。
また、彼は家事に消極的なので、ワンオペ育児になることも考えると絶対に子育てはできないと思います。
彼と2人過ごしている分には、子供の事を考えたりしませんが、実家にいて家族や親戚といると、子供がいた方が幸せなのかな?とか、親に孫の顔を見せないのは可哀想なのかな?と自分主体ではなく、子供の有無について悩んでしまいます。実家から帰ってきても最近はそれで考えることが多くなりました。
子供がいれば、将来的に寂しくないのか?とも考えますが、そんな自分の為に子供を巻き込むこともしたくないですし、子供が必ずしも自分の最期まで面倒を見てくれるとも限りません。
子供を産むなら年齢的にも今ではないか。と思うのですが、上記の通り私自身が子供を可愛がれると思えません。産んでみてダメだった。で済まされる話ではありません。
最近第5子が産まれた、元アイドルの方のYouTubeを見ると、子供が沢山いて幸せそうだと思い、羨ましいとも思います。
ただそれは、長年かけて積み上げた夫婦の関係性や収入、子供の育て方が成せるものだと思います。
私に、子供を持ってみたかったという諦めや憧れがあるのだろうなと思いました。
そういった考えがずっとループしている状態で、とてもモヤモヤしてしまいます。
こうした場合の心の置き所や考え方はどうしたら良いのでしょうか。
まとまりのない話になってしまい、すみません。
あおいさんのご意見をいただけたら幸いです。

子どもを持つことへの憧れがふと顔を出す
けれど現実に目を向ければ
経済的な負担、彼が家事や育児に積極的でないこと
自分自身が子どもを苦手だと思ってきたこと
そうした要素が一気に押し寄せて、『やっぱり無理だ』と自分を止めてしまう
心の中で欲望と現実がぶつかり合うとき、人は強い不安を覚えます
その不安を和らげるために、心は『子どもは苦手だから』『育てられないから』と理由(後付けの言い訳)を重ねて自分を説得しようとします
このように心が矛盾を整理し安定を保とうとする働きを『認知的不協和の解消』と呼びます
本当に子どもが苦手なら、子どもが欲しいなんて願望は湧きませんよ
あなたは自分に嘘をつき、納得させようとしているのです
同時に、もうひとつの影があなたを縛っているように思います
『もし子どもが欲しいと言ったら、彼に拒絶されるのではないか』という恐怖心です
長い時間を共に過ごしてきた相手だからこそ、その一言で関係が壊れてしまうかもしれない
その不安が、あなたを沈黙に追いやり、思考を堂々巡りさせているのではないでしょうか
けれど、子どもを持つかどうかはあなた一人で抱え込む問題ではありません
これは二人の未来を形づくる大切な選択だからです
相手に本音を伝えることは怖い
拒絶の痛みを想像するからこそ、足がすくむ
けれども、話し合いを避け続ければ
思考は果てしなく交錯してしまいます
大事なのは、子どもを持つかどうかそのものよりも
『二人で率直に語り合い、選び取った』と感じられることです
たとえ結論が『やはり持たない』であっても
その過程を共有したという実感が、あなたの不安を和らげてくれるでしょう
子どもを持つ人生も、持たない人生も、どちらも価値のある生き方です
だからこそ、周囲に流されて決めることではなく
『二人で向き合い、二人で選んだ』と胸を張れること
その確かさこそが、今のあなたの胸の重さを軽くし
これからの人生を納得できるものにしていくのだと思いますよ
以上
DJあおいでした
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