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2014年09月









こんにちはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『あおいさんこんばんは。

突然ですが、最近一年ほど
付き合っていた彼氏と
別れてしまいました。

よく相談に乗ってくれていた友人からは
わたしが尽くしすぎて、彼を安心させすぎて
しまったために彼は私に飽きて、冷めてしまったのではないかと言っていました。

尽くして安心させることは
いけないことだったのでしょうか。
また私はどのように彼と
接するべきだったのでしょうか。』











男性に尽くしすぎてしまう女性というのは『NOと言えない女性』に多いんですよね

本来は話し合うべきこともNOと言えないがために男性の言いなりになってしまうわけです

言いなりになってしまうと男性は自分の思うがままに行動できるわけなんですけども

自分の思うがままに生きるためならパートナーの存在なんていらなくなってしまうんですよね

自分とは異なるものがなければその人は存在自体が希薄なものになってしまうわけです


『NO』と言うことは『あなたと私は違う生き物なんですよ』という自分の存在意義を唱えることですので
お付き合いを続けるにあたってとてもとても重要なことなんですよ

そこからお互いの自分とは違うところを認め合い
お互いの存在を愛することができるわけですね

何でも言うことを聞くのが愛情ではなく
何でも話し合うことが愛情というわけです


NOと言えない人では話し合いにもなりませんからね

話し合うことは愛し合うこと
お互いに違う生き物だからこそ
愛し合い続けることができるわけです

男の色に染まったら終わりよ















以上
DJあおいでした












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こんにちはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『あおいさん、こんばんわ(*^_^*)

いきなりですいません。
男の人で自分のことを”甘えん坊”と言うのはどうなんでしょうか。

男の人は基本的甘えん坊ってゆうのはわかります。
でも女性からしたら引っ張ってってもらいたいのが本心です。

甘えん坊のメリットとデメリットがいまいちよくわかりません。
あおいさん教えてください。
おねがいします。』













男性が女性に甘えるときというのは
女性性ではなく母性を求めているときでして

『女』ではなく『母』として見られているわけですから
女性からしたら『男性』ではなく『でっけー子供』に見えてしまうんですよね


多かれ少なかれ男性には母性を求める欲求があるものなんですけども
精神的なストレスが溜まるほどに母性を求める傾向があるようですね

慢性的に母性を求める男性は『問題アリ』ですけども
一時的な甘えを定期的に繰り返す程度のものなら問題ないと思いますよ

男が男であるためには女はときに女神になってあげなきゃならんということですね

引っ張ってもらいたいだけじゃ男は何も満たしてくれません
引っ張ってくれるようにコントロールするのが女の実力ってやつです


女神になってでっけー子供を男にしたら
小悪魔になって女性性を振り撒き
夜はベッドで女豹に変身する

そんな感じでOK














以上
DJあおいでした












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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『あおいさん、こんにちは!ゆきと申します。

あおいさんの「知り合いは多いけど友達は少ない」を読み、私自身とても当てはまるところがあり、自分に友達が少ない理由はまさにこれだと思いました。

しかし、自分を好きになるためには、どうしても小さなころから越えられない壁があるのです。
私の母はいわゆるド天然です。優しいし、いいところもあることはわかっていますが、回りに呆れられるような簡単なミスを連発し、空気の読めない発言をして父から怒鳴られる母親が好きになれず、そして母親と同じように天然な自分を許すことができないのです。もっとしっかりしなければ、もっとてきぱきそつなくこなせる自分でなければ、認めることができません。天然にいいところがあるとは思えないのです。

天然はみがけばひかるとおっしゃっていたと思いますが、具体的にはどうすればいいのでしょうか?

また、この母を好きになり、自分も好きになるためにはどうすればいいのでしょうか?

あおいさんの言葉のおかげで、恋愛ばかり考えていた私が少し変わりはじめています。いつも本当にありがとうございます。』













天然と呼ばれる人達にはその場の空気に合わせるスキルが欠落しているものでして

どんな環境にいても自分は自分として悪気もなく思ったこと感じたことを表現するんですよね

それがその場の空気を大事にしている人にとっては理解不能なものであり

その理解のできない言動を『天然』という枠に押し込めて安心しているわけです


一度天然という烙印を押されると何を言っても嘲笑の的にされたりいじられキャラを押し付けられたり体のいい八つ当たりの場所にされたり

その存在自体を軽んじられるようになってしまうんですよね

色んな天然と呼ばれる人達の悩みを聞かせて頂いているのですが
皆一様に『孤独』なんですよ

周りに人は集まるけども誰も自分の本質は見てくれない
『天然』という便宜上の枠に棄てられているような
誰も理解を示さない孤独感に苛まれているんです

優しい人が多いのも特徴でして
心の中は傷だらけのくせに人のために笑顔を演じたりしてしまうんですよね

確かに物事を理屈で考えることは苦手なように感じますが
その代わりに物事を感性で感じることに長けているように思えます

だから天然と呼ばれる人はアートに長けている人が多いんですね

その感性は『天然』という枠に棄ててしまうには勿体ない感性だったりするんですよ

感性は物事の本質を直感的に見抜く目ですから
磨けば光るのが天然というわけです


天然を装ったファッション天然はまた別の話ですけどね













以上
DJあおいでした













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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『あおいさん、こんばんは!
いつもあおいさんのblogを楽しみにしています!

今日は相談があってメールさせていただきました。

私は1ヶ月前に彼と別れました。
結婚も考えていた相手だったので、別れを切り出された時は全然受け止められませんでしたが、私がその話にYESと言うしかなく、別れることになりました。

しばらく現実を受け止めることができず涙すら出ませんでしたが、少ししたらボロボロ泣くようになりました。
友だちに話を聞いてもらったり、外に出かけたり、たくさん助けてもらい、いまは苦しくて泣いてしまうような時期を越えました。

前に進みたい自分がいるのは確かです。少しずつ思い出になってきているとは感じています。ただ、ふと彼を想い出して辛くなってしまう時があります。

時間が解決してくれるのは、過去の経験からなんとなくわかっていますが、いまは心のモヤモヤが取れず、前に進みたくても進めないでいます。

あおいさんは、今までどうやって失恋を乗り越えてきましたか?
また、あおいさんのご友人が失恋をしてしまった時は、どのように励ましておられますか?

長くなってしまいましたが、お答えいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。』












寂しさを克服する方法は寂しさの中に飛び込むことしかないんですよね

ちゃんと別れを受け入れて
ちゃんと寂しい思いをして
ちゃんとひとりに戻ること

他には特にやることはないんです



長く未練を引きずってしまう人というのは
『寂しい』というよりも
『寂しい現実を受け入れるのが怖い』という思いの方が強いものなのかもしれません


その恐怖心から逃れるために復縁を夢見たり新しい恋愛に逃げようとしてみたり

ずっと『寂しさ』というものから逃げているわけですね
そういう意味で未練を引きずる人はまだ『寂しい思い』というものはしていないということになります

彼女等を苦しめているのは『寂しさ』ではなく『恐怖心』
寂しさを目の前にして怯えているだけなんですよ


失恋の寂しさなんてジェットコースターみたいなものでして
それは乗る前が一番怖いもの
乗ってしまえばあっという間
終わってみれば気分爽快

そんなもんです













以上
DJあおいでした












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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『おはようございます。
目を通してくれてると嬉しいです。

付き合って一年になる恋人がいるのですが、わたしは彼に当初から連絡面をとても要求してきました(元々携帯気にしない人で)。
飲みに行く前には一言、帰宅したら一報をいれてほしい、飲んでる間は別にいらないから。あとおはようの挨拶lineはすること、それだけはルールにしようと。わたしもゆったからには自分はそうしています。それをわかったとゆってはくれており大半は守っているものの、結局ちょくちょくちゃんと連絡がこないことがあります。その度に守ってくれないことにがっかりし、伝えてきました。飲んだあとは酔っ払ってつい連絡できないらしいのです。。おはようも、急いでたら忘れるし、なくてもいちいち怒らないでと。。
連絡を逐一しなくても大丈夫な関係が信頼なんじゃないのかとゆわれます。

決めたルールさえ守りぬいてくれない彼がよくないのでしょうか。
それともその失敗をいちいち気にしてイライラしたり話し合いに持ち込むわたしが狭いのでしょうか。
もとよりルールを作ることがよくないのでしょうか。

お忙しいと思いますがアドバイスをいただけたら嬉しいです(TдT)』











お付き合いをするにあたってルールを設けるケースがよくあるんですけど

ルールが仇になってトラブルになってしまうことが多々あるんですよね

朝は『おはよう』のメールをすること
遊びに行くときは前もって連絡を入れること
帰宅したら連絡を入れること

等々、色んなルールを設ける人がいると思うのですが
これって愛情をもってやりたいことなんですよね

ルールによって義務化されてしまうと愛情の入る余地が感じられなくなってしまうんですよ

ルールでやらされるのではなく
愛情をもってやりたいんですよ


そこからルールに対する反発心が生じてルールを破ってしまうというわけです

愛するということはその人の自由意思でなければできないことですから
それを義務化してしまうと愛することができなくなってしまうんです


『さー、そろそろ勉強するかー』と思ったところに『はやく勉強しなさい!』と言われると一気にやる気が失せるアレと同じようなもんです

朝におはようメールをすることが愛情なら勝手にメールしていればいいんです
遊びに行くときに一報入れるのが愛情なら勝手に一報入れていればいいんです

自分は自分で勝手に愛すること
相手には自由を与えること
自由を与えて愛されないのならそれまでの男だったということ

自由の中でこそ真意がわかるものです
ルールで縛ってしまったら真意がわからなくなりますよ












以上
DJあおいでした












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