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Your life is beautiful








娘が急性リンパ性白血病を患ってから約50日

寛解導入治療も無事に終わり
今は好中球の上昇待ち
一時退院でのんびり自宅療養
入院中に3キロ痩せてしまった体重も
一時退院中に4キロ太るという見事なリバウンドを見せる娘

『お前、本当に病気なの?』と言いたくなるほどよく食べ、よく動き、そしてよく喋る
そんな姿に緊迫した心も緩んでいる今日でした


今日の午前10時頃 娘が自宅で倒れました


さっきまで元気だったのに
トイレから帰ってきた刹那
突然と息が乱れ 膝から崩れ落ちてしまった娘

私はパニックになり 慌てて娘を抱き抱えました

『どこか痛いの?苦しいの?』

そう聞いても娘は苦悶の表情を浮かべたまま
私の手を握り締めるだけでした

『とりあえず病院に、救急車を』

とスマホに手を伸ばそうとしたそのとき
娘がこう言いました

『ピザ、、、ピザが食べたい、、、』

意識が混濁しているのかと思いましたが
娘は続けてこう言いました

『ピザーラ、、、マルゲリータがいい、、、』

なにがなんだかわからず思考が停止する私
そんな私を見て娘が悪戯な笑顔を浮かべる
この時点でやっと気付く

『やられた!!』と

安堵と共に涙が溢れる
そして泣きながら爆笑
見事に一本取られた今日でした

ピザーラのマルゲリータ美味しかったです
あとたちの悪いドッキリはするなと説教もしておきました















 






娘氏の入院生活が1ヶ月を超えた
抗がん剤治療も1クールを終え、今は小休止といった感じ
まだまだ先は長いけれど、小さな区切りが幾つか設けられているのは嬉しい 

ほんの数ヶ月前
娘の移動手段は基本的に小走り
トイレに行くのも小走り
階段の上り下りもドタバタと小走り
一緒に歩いていても常に小走り
『ちょっと落ち着けよ、、、』と言いたくなるほど元気だった

元々華奢だった身体はこの1ヶ月で4キロ痩せ
こんがり日焼けしていた顔色も今やすっかり病気色
起き上がるだけでどっこいしょ
トイレやシャワーに行くだけで疲れてしまうような身体になってしまった

薬の副作用もあるのでしょうけど
明らかに体力が落ちているのが心配でたまらない
闘病は体力勝負
治療に耐え得る体力がなければ治る病気も治らない
点滴等の栄養補給は補助的なものに過ぎず
体力を補給するためには『食』が基本になる

しかし、この『食』が今娘には大きなハードルになってしまっている

元々偏食で好き嫌いが激しい娘
私も無理をしてまで嫌いなものを食べる必要はないと思っていた
学校の給食でも今は嫌いなものは残してもいいというシステムになっていたようで
『食』に対する意識が低過ぎたことがここに来て大きな障害になってしまっている

飲食の持ち込みが自由な場所ならまだ救いはあるのかもしれないけど
残念ながら無菌病棟は飲食の持ち込みは硬く禁じられているため
出されたものを食べなければ何も食べるものはない

栄養士さんが個人個人の希望を聞いて
なるべくみんなが食べてくれるように努力はしてくれているけど
希望を言って聞き入れてくれることは少ない
栄養士さんから見れば結局は大勢の中の一人なのでしょう
娘一人のワガママでメニューを変えてくれることは殆どない

だったら私が娘のために栄養バランスの取れた飲食を個人的に提供してあげたいけど
それも硬く禁じられているというジレンマ
結局はこの環境に適応するしかないわけで
適応が遅い子はあれよあれよと体力がなくなってしまう

娘氏曰く、食事の時間が憂鬱で仕方ないのだそうで
『食』がストレスになってしまっているのが怖い
本当なら私も『いいよ、いいよ、無理して食べなくていいよ』と言ってあげたいけど
そんな悠長なことも言っていられない状況
毎日毎食一口でも多く食べてもらうために
あの手この手で悪戦苦闘する毎日です


今私は『食』に対する教育がずさんだったことにものっっっすごく後悔している
もし『食』を克服できないことで娘の身に万が一のことがあったら悔やんでも悔やみきれない
私は私を生涯許すことはなくなってしまうでしょう

食べることは生きること、生きることは食べること
人間食べられなくなったらおしまい
『食』を甘く見ていた自分が恨めしくて仕方ない
もっと上手に食育できていれば
こんなに苦しい思いをさせなくて済んだのに
全力で病気と闘うことができたのに

娘に対して申し訳ないという気持ちでいっぱいで
ついに『ごめんね、こんな親で』と泣き崩れてしまった
娘が私の手を取り『大丈夫、頑張るから』と言ってくれた

子供に気を使わせてしまうのは本意じゃないけど
その言葉が身に沁みるほど嬉しかった














 







今は娘が闘病しているけど
四年ほど前には相方が闘病していた

そのときに私はひとつの過ちを犯してしまった
それは、病名等をネットで検索すること 

私はただ希望が欲しくてネットで情報を収集しようとしただけだったのに
ネットには希望も絶望も散乱していた

希望だけを収集することはできない
希望を求めれば絶望もおまけでついてきてしまうのがネットの世界

希望も絶望も
一度目に入ってしまったらもう二度と忘れることはできない
それは頭にこびりついたまま
常に希望と絶望が頭の中で戦っている状態になってしまった

四六時中緊張状態が続き
交感神経に傾倒して
自律神経が乱れ
不眠、食欲不振、手足の痺れ、謎の湿疹、喉に不快感等
すっかりメンタルが崩壊して
看病どころではなくなってしまった

看病どころではなくなってしまったことでまた自責してしまい
更に自分に追い討ちを掛けてもう狂乱状態
今振り返ってみてもあまり思い出せないところがまた恐ろしい
経験のある人ならこの地獄の苦しみはわかってくれると思う

大事な人が重篤な病気に掛かってしまった場合
希望を求めてネットで情報収集したくなる気持ちはわかるけど
それだけは絶対にしない方がいい

大事な人を直接診てくれるドクターやナースを信頼すること
ネットは自分の大事な人は診てもくれないですからね











 




娘の病名は急性白血病
大きく分けて三つのステージがある
ひとつは標準危険群
ひとつは中間危険群
そしてもうひとつは高危険群 

目覚ましい医療の発達により
標準危険群と中間危険群の寛解率は7割から8割と言われている
白血病がもはや治らない病気ではないと言われる所以である

娘は中間危険群と言われた
まだ詳しい結果は出ていないけど
ほぼ中間危険群で間違いないと言われていた

中間危険群の寛解率は約7割と高い水準にあるけど
だからと言って親は『ヘーキヘーキwヨユーヨユーw』とはならない
7割という高い確率であってもそれは蜘蛛の糸のように頼りない希望だ

その蜘蛛の糸のような頼りない希望を必死で掴み
毎日不安と戦っている
不安と恐怖心という液体が
ゆで卵の薄皮のようなもので
なんとか人の形を形成しているような状態
ちょっと触れただけで薄皮が破裂して
不安と恐怖が溢れ出しそう
毎日がギリギリである




今日検査の詳細が出た
私は中間危険群だと思っていた
結果は『高危険群』だった




以前、ドクターは標準危険群と中間危険群の寛解率を
はっきりと数字で示してくれた
『治りますよね?』という問いにも
『治ります』とはっきり答えてくれた

でも高危険群と結果が出た今
寛解率は教えてくれなかった
私も怖くて聞けなかった
それでも勇気のありったけを出して『治りますよね?』と聞いてみた
ドクターは『必ず治るとは言い切れない』と答えただけだった

私が掴んでいた蜘蛛の糸は途切れてしまった
もちろん希望がなくなったわけではないけども
どん底だと思っていた今がどん底ではなかったこと
私がどん底だと思っていた場所からさらに深い場所に突き落とされてしまったこと
なによりも代わってあげられないことが悔しくて悔しくて気が狂いそう
娘が元気になるためなら右腕だって差し出すのに
娘が元気になるためなら命だって差し出すのに
そんなことをしても娘は救われない
自分の無力さが恨めしい
『人生で最も辛い日ランキング』がまたしても更新されてしまった




娘が待つ病室に戻るためには
まず泣き顔をなんとかしなければならない
泣いてる顔を見せて更なる不安を与えたくない
せめて今まで通りの自分で接しなければ

私は病棟入り口のエレベーター前で
外を眺めながら涙を沈めようと必死だった

運がいいのか悪いのか
ちょうどその入り口で
退院する子供と鉢合わせてしまった
ナースさんやドクターに囲まれて
『退院おめでとう!』と祝福される家族
満面の笑みで花束を受け取る子供
嬉し涙を流してナースさんやドクターにお礼を言う父母

本来それは祝福すべきことなんだろう
でも、私にはそれが地獄だった
たまらず非常階段に駆け込み
ゲロが出るほど気が狂ったように号泣してしまった





病室へ戻る
今日の娘は抗がん剤の副作用も収まり終始ご機嫌
『本当に病気なの?』と疑いたくなるほど明るく
友達のこと、退院したらやりたいこと、将来の夢、好きなアニメの話、好きなユーチューバーの話
たくさんたくさんお話しをしてくれた

そして最近ハマっているのがお昼寝
狭いシングルベットに二人寝そべり
背中をくっつけて昼寝をするのが気持ちいいのだとか

最近では年頃なのか一緒に寝ることもなくなり
親としては若干寂しかったところ
このお昼寝タイムは親にとってもご褒美のようなものだ

娘と背中をくっつけて横になる
背中があたたかい
それは命のあたたかさのようにも感じた
気持ち良さそうな寝息がスースーと聞こえる
こんなに『命』を感じたことは今までになかった
こんなに『幸せ』を感じたことは今までになかった






娘、代わってあげられなくてごめん
この埋め合わせは一生を掛けて償っていくから
なんとか、なんとか
10年後も20年後も30年後も
生きてくれないかなぁ








 





抗がん剤治療は週に一度行われる
一時間ほど点滴で投薬して終わり

副作用は時間差で襲ってくる
昼前に投薬して、副作用が出始めるのがその日の夕方頃
そして翌日はだいたい丸一日ダウンして
翌々日の昼過ぎくらいから徐々に副作用が収まってくる
そして翌々々日に復活するという感じ

月曜日に抗がん剤治療をしたとすれば
月火水と三日間副作用と戦い
木金土日と四日間の休息がいただける
差し当たってはそれを約2ヶ月繰り返すことになる

娘氏は今日、2回目の抗がん剤治療を行なった
完全復活をするのは金曜日になりそう
この三日間が娘にとっても親にとっても
なかなかハードな三日間になる

娘は抗がん剤治療は一回経験済みということで
今回は初回よりも落ち着いている
相方も抗がん剤治療の経験があるので
どの程度の辛さなのかなんとなく想像がつくのだろう
私の心配を他所にわりと落ち着いている

私は抗がん剤治療をしたことがないので
抗がん剤治療がどれほど辛い治療なのかは想像もつかない
でも娘と同じ辛さを共有したいという心理が働き
想像し得る『最悪の痛み』を想像してしまう
この想像がもうメンタルをガシガシと削っていく

本当は親としてしっかりしていなければならないのに
私はもしかしたらダメな部類の親なのかもしれないなと
自尊心まで奪っていくから厄介だ

そんな私を見かねてか
娘がこんなことを言った

『私は今、ここにいることが奇跡だと思っているよ
だってあのまま病気のことがわからなければ、私はもしかしたら手遅れになっていたかもしれないんだから
病気が見つかったのはラッキーだよ
きっと私がいい子だから神様が助けてくれたんだね』

この言葉には驚いた
私はずっとそれを『不運』だと嘆いていたのに
娘はそれを『幸運』と言う

神様の存在や『いい子』というのは些か疑問だが
『幸運』というところは確かにそうかもしれない
なんで今までそれに気が付かなかったんだろう
脳天に雷が落ちる思いだった

不幸でも不運でもなかった
これは幸運だった
そして幸運の先には幸せがある

娘は今、幸運を掴んだ
そしてそれを手繰り寄せ
幸せを掴もうと必死に戦っている
そう思うと少し力が湧いてくる

今日は娘に大事な『気付き』を与えてもらった
子供だ子供だと思っていたのに
いつの間にか大きくなっていたんだな

こんなときなのに娘の成長が嬉しい一日だった