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2016年01月


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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさん、こんばんは。

いつもブログを読むのをたのしみにしています。


わたしは最近、7年近くつき合っていた彼と別れました。

別れたと言っても、はっきりお別れを相手から言われたわけではなく、

2人で会ってもよそよそしくなって、なんとなく連絡が来なくなって、

気づいたら向こうに新しい彼女がいた、という感じです。

問い詰めようかと思いましたが、答えをくれないのが答えなのかなあと思い、諦めました。


彼と復縁したいとは思いませんが、ふとした時に、わたしたちの7年間はなんだったのだろう?と思います。

彼と過ごした場所を訪れればやはり思い出してしまいますし、

スマホのなかの写真を見れば、楽しかった時間を思い出して気持ちが落ち込みます。


いま、仕事をする以外に、どんなふうに毎日を過ごせばいいのかわかりません。

あおいさんに一言、喝をいただければ、と思い、メールしました。
どうぞよろしくお願いいたします。』

















何年経っても彼との思い出の場所に訪れたらその彼を思い出しますし
何年経っても写真なんかを見れば『楽しかったなぁ』と思い出しますし
その記憶自体は消すことはできないものなんですよ
忘れるのは彼を思う感情だけ
たったそれだけのことです

失恋に必要なものは希望ではなく絶望
復縁等の期待は執着を引き起こす毒にしかなりませんので
今やるべきことはちゃんと希望を断ち切って絶望することくらいですかね
その絶望を受け入れてはじめてゼロからのスタートをきれるわけです

『寂しい』と『退屈』はとても似ているものでして
寂しいつもりが退屈なだけ
気持ちに穴が空いているつもりが時間に穴が空いているだけだったりします
この時間をどう埋めていくのかというのが失恋から立ち直るプロセスとなります
空いた時間を過去の思い出で埋めるような趣味は悪趣味でしかありません
そんなことをしても自分が情けなくなるだけ、自分が嫌いになるような趣味はやめましょう

失恋は生まれ変わるチャンスですからね
新しい自分になれることに夢中になった方がいいです
新しい音楽でもよし、新しい本でもよし、新しい環境に飛び込むのもよし
新しいものにまみれてください
今までの自分がみすぼらしく思えるほど新品ピカピカな自分に生まれ変わってください

失恋なんてものはあれほど忘れたい忘れたいと願ったわりには
いつ忘れたのかわからないくらいに
いつの間にか忘れているものですからね









以上
DJあおいでした







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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『こんばんは。
ブログの更新をいつも楽しみにしています。

今、大学のサークルを続けるか悩んでいます。
ダンスサークルに所属していて、今年で3年目です。ダンスは大好きですが、とても苦手で、いつも自分の動画を観ては落ち込んでいます。好きだからこそ続けたい気持ちもありますが、下手ということで劣等感を感じながらサークルを続けるのは正直とても辛いです。
今年はサークルの運営をする年でもあり、続けるか辞めるかを決めるのは今が節目だと思っています。
好きなら続けるべきなのか、他に新しいことを見つけるべきなのか、あおいさんはどう思いますか?』

















『下手くそだなぁ』と感じるのは向上心があるからでして
それすらもない人は自分のことを下手くそだなんて思わないんですよね

上達すればするほど自分に足りないものが見えてくるもの
文章もそう、絵描きさんもそう、勉強もそう、音楽もそう、ダンスもそう
この人すげえな!と思う人ほど自分自身に納得なんかしちゃいないんですよ
足りないものを見つけるために努力しているわけですからね
下手くそな自分を知っているということは才能があるということなんですよ

でも『その人らしさ』というオリジナリティって
むしろ足りないものから形成されているような気もするんですよね
お手本のような綺麗な字もいいんですけどね
一文字見ただけで誰の字かわかるような字の方がオリジナリティがあって価値のある字だと思うんです
どんなに努力しても埋まらない短所というのはもはや自分のオリジナリティだと思っていいと思いますよ

好きだという気持ちがあるのなら続けた方がいいです
泣けるほどの悔しい思いをした人だけが
泣けるほどの嬉しい思いをすることができるんですよ

あなたは今充実の中にいるということを気が付いていないだけです
悔しい思いができる環境って他の人から見たら羨ましいことよ









以上
DJあおいでした







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こんばんはDJあおいです

『DJあおい×つぼゆりの発酵女子カルテ』
いよいよ明日発売なのですがDJあおいもつぼゆり先生も緊張でおなかが痛いです

そんな中、おれたちのモデルプレス様が紹介してくれました

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恐縮です
ありがとうございます


あとおれたちのコミカワさんで発酵女子カルテの一部が立ち読みできますのでぜひ観てください(無料やで)

そんなわけで
明日には全国の書店に並ぶと思いますので
ぜひ手にとって見てくださいね

Amazonでの購入はこちら


DJあおい×つぼゆりの発酵女子カルテ


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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさん、こんにちは。
いつもあおいさんのブログを読ませて頂いており、そのたびに元気づけられています。
僕にも悩みがあり相談させていただきたくてメールしました。

僕には今、同じ職場に好きな女性がいます。しかし、僕はその女性を避けてしまっています。

職場にはその女性と良い感じになってる男性がいて、「もしかして付き合ってるのかな?」って思う事もあります。そんな場面を見るのが嫌だから避けているのだと思っていたのですが、どうやらそれだけではなさそうです。

僕とその女性は偶然朝同じバスに乗る事があり、たまに一緒に通勤する事があるのですが(良い感じの男性はいないです)、最近は朝のバスで会うのも嫌だなって思うようになり、その女性が乗ってこないような時間帯のバスで職場に行くようになりました。また、飲み会でも近くの席に座らないようにしています。

「避けている」というより「逃げている」という表現の方が適している行動を取っているのですが、正直な所どうして好きなはずの女性にこんな行動を取るようになってしまったのか理由が分かりません。僕の心の弱さに原因があるとは思うのですが・・・・

あおいさんは好きな人を避けたくなったという経験はありますか? もしあるのでしたらアドバイスや喝を頂ければ幸いです。

お忙しいとは思いますが、一度目を通して頂ければ幸いです。寒いので、お体に気を付けてお過ごしください。』

















理想の人は理想の自分にお似合いな人
相性のいい人は今の自分にお似合いな人
理想を求めるのならまず自分から


恋愛というものは良くも悪くも自分と同レベルの人でないと成立しないものでして
本来なら自分と同程度のステージにいる異性に恋愛感情を抱くものなんですよ
劣等感も優越感も感じない同等な存在同士がうまくいくわけです
これが相性というやつです

しかし自分の地位や身分、社会的な自分の境遇に不満を感じていると相性のいいはずの同じステージにいる異性には恋愛感情は生じなくなるんです
なぜならば『自分が不満だと感じる程度のステ-ジにいる異性』という目で見てしまうからです
同じレベルなのに見下してしまうわけですからそのステージにいる異性は恋愛圏外になってしまうわけですね

ではどのような異性に恋愛感情を抱くのかといったら
自分がいたいと思えるステージにいる異性に恋愛感情を抱くんです
自分が行きたい場所にいる異性に惚れてしまうわけです
ここで自分が作り上げた『身分の違い』というものが生じてしまい恋愛感情には絶えずに劣等感が付きまとってしまうわけですね
これが好き避けをしてしまう人の心理なんです

要するに今の自分が置かれている立場というものに不満を感じているということ
自分が置かれている立場が底辺だと嫌悪している人は同じ底辺の異性に恋はしないということです

理想の人はご親切に降りてきてくれません
理想の人がほしいのなら理想の自分に登り詰めるだけです








以上
DJあおいでした







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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『こんばんは、ブログの更新を楽しみにしている者です!

以前の記事で人を嫌いになってもいい、気の合うところまで距離を広げたら良いと仰っていましたよね。

最近職場の同僚が嫌いになりました。出社時間や勤務時間を若干ずらしたりして関わる時間を減らすなどしたらあまり気にならなくなってきたのですが…

距離を置く原因になったことを思い出すことがあり、怒りがこみ上げてきて自分の頭の中でその人を悪者にしてしまいます。ひとりで頭の中で悪口大会になってます。
でも、そんな自分のほうが心が汚いのかもとか、その人以下なのかもとか、今度は自分を悪者にしてしまいそうになります。

そういうネガティブな思考って変えられますか?
または気にしなくなるために、何か自分でできることってありますか?

P.S. お忙しい中、目を通していただきありがとうございます。
書籍の発売楽しみにしています!』

















好き嫌いと善悪はまったく別のものです
好き嫌いはただの相性の良し悪し
人間性の善悪を量るモノサシにはなりません
好きだからといってその人が『善』というわけでもなく
嫌いだからといってその人が『悪』というわけでもないです
ですので嫌いだからといって罪悪感を感じる必要もありません

その人の人格を否定しない代わりに自分の人格を否定しているだけ
それでは根本的に何も変わっていないです

そもそも『みんなと仲良くしましょう』という幼い頃からの教え自体が無茶な注文なんですよ
同じ環境に複数の人が集まれば相性の良し悪しが生じるのは当然
『みんなと仲良くできない人は悪』という価値観を植え付けてしまうだけなんです

『みんなと同じ価値観を共有しなければいけない』と思い込むと価値観を合わせられない人の人格が否定されてしまいます
もしくは価値観を合わせられない自分の人格を否定してしまいます
ただの相性の良し悪しが人格の善悪になってしまうわけです
こうなってしまうとその人の人格を無視した無差別な攻撃に発展してしまうわけですね

べつにみんなと仲良くなんかしなくていいんです
相性の良し悪しを肯定しなければ価値観の違いは尊重し合えません
それを認めてこそ相性の悪い人との関係は『嫌い』という有害な関係ではなく『無関心』という無害な関係になれるんですよ

人との付き合い方はひとつだけじゃないってことです












以上
DJあおいでした







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