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2015年05月









こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさん、はじめまして。
いつもブログを拝見させていただいてます。

早速ですが相談させてください。
わたしは今年社会人2年目、ありがたいことに去年に引き続いて現在の職場で働かせてもらっています。
去年は周りの同僚、先輩方にとても恵まれ、人間関係に困ることなどなく、日々楽しく仕事に集中して働いていました。

ですが今年、職員の1/3ほどが転出、転入で入れ替わりました。若手の男性職員が多く入られましたが、そのひとたちがどうも受け入れられません。新採もいますが経験者もいます。
仕事が出来ないし、敬語や態度もいいかげんだし、自己の向上心も見えません。
話し方や振る舞い、空気の読めなさ、字の汚さ等、同世代だからこそ、その第一印象でわたしはもう彼らを嫌いになってしまいました。

大人の対応が出来ないわたしは、できる限りの接触を避け、彼らに対してあからさまなほどに冷たく接していると思います。
しかし今年度いっぱいは一緒に働かなければなりません。

早く「嫌い」から「どうでもいい」にしてしまいたいのですが…。

嫌いな人たちとうまく接して仕事をしていくにはどうすれば良いでしょうか。
長々とまとまらずにすみません。
甘えているに過ぎないとは思いますが、なにかアドバイスや、喝を入れていただければと思います。


以上よろしくお願い致します。』









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周りの同僚、先輩方にも恵まれ
人間関係に困ることなどなく日々楽しく仕事に集中して働いてきた人なら
新しい人材を受け入れられないということはございません
新しい人材を嫌う人というのはだいたい馴れ合いの人間関係で楽をしてきた人なんです

馴れ合いの関係というのは他者を受け入れない閉鎖的な関係ですね
仕事よりも人間関係を優先するような自分達だけのために形成された関係です
ですのでベクトルは常に仲間内に向けられているわけですけども

仕事というものは各々が消費者にベクトルを向けなければなりません
当然のことなのですが仲良しごっこするための仕事ではなく消費者のための仕事なんですよ
職場の人間関係云々よりも消費者を優先しなければならないのが仕事なんですね

各々が異なる志を持っているわけですから
当然意見が食い違うこともあります
衝突することだってあります
孤立することだってあるかもしれません
それでもこの仕事がやりたいから
消費者に向けて届けたいものがあるから
その志に従って人間関係を築いていくんです
好き嫌いだけでは人間関係を築いていけないのが社会というものなんですよ

本当の意味での『仕事』というものをしている人にとって自分の好き嫌いなんて
んどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーでもいい話なんです

その人が嫌いだから何だって言うんですか?
嫌いな人がいると自分の仕事ひとつもできないんですか?
その程度の志で仕事をしているんですか?

仮にも先輩という立場にいるのなら
てめえの好き嫌いで右往左往するようなみっともない姿を後輩に見せないように










以上
DJあおいでした










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こんにちはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさん、こんにちは。
いつもブログ拝見しています。

あおいさんの考えが知りたくてメールを送らせていただきました。

「個性」ってなんですか?

以前友人に「個性がない」と言われ違和感を覚えました。(友人は冗談のつもりで悪気はないことはわかってますが…)
私は好きなものがはっきりしているほうで、たとえばファッションで言うと、友人と買い物に行くと「これ○○(私)ぽいね」「これ好きそうだね」などと言われることが多く、それが意図せずとも自分らしさだと思っていたからです。

私は個性的という言葉が嫌いです。
というのも「個性的」になろうと変に頑張って結局自分らしさを失ってる人が多いような気がして何の魅力も感じないのです。
個性というのは無理矢理作るものじゃなくて、その人らしく生きてたら自然と出るものであって、個性がない人なんていなくてみんなが個性的なのでは、と思うからです。

いわゆる「個性的ファッション」みたいなものがすごく滑稽に思えてしまいます。
その「個性的ファッション」をすれば個性が出るのかと。
それをその人が本当に好きでやってるのなら何とも思いませんが、特別好きでもないのに必死になって変わったアイテムを集めている人を見ると、何を目指してるんだろうって思います。そんなに頑張らなくていいのに、そんなことしなくても自分の好きなものに正直に向き合っていれば個性なんて勝手に出てくるのに、と。

それに、量産型と揶揄されてる人も、それをその人がやりたくてやっているのならそれがその人の個性なんだと思います。

最近の、個性個性という風潮に嫌気がさしてきました。
それともこういう私が実は一番個性というものを受け入れられてないのでしょうか。
長文失礼いたしました。
あおいさんの意見を聞かせていただけたら幸いです。』









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個性のない人なんていないとは思いますが
個性を表現できない人はたくさんいらっしゃると思いますよ
人が没個性になってしまうときというのは個性が表現できなくなってしまうときなんですね

ではどんなときに個性が表現できなくなってしまうのかといえば
人から嫌われることを過剰に怖がってしまったときなんですよ

嫌われないために同調圧力に従い
嫌われないために集団に属し
嫌われないために個性を抑圧して
嫌われないために没個性になってしまうわけです

没個性の集団ほど恐ろしいものはないんですよね
誰ひとりとして自分自身を表現している人はいませんから
誰ひとりとして自分自身の行動に責任を持っていません
ですので没個性になってしまうと人は無責任に攻撃的になったりしてしまうんです

個性とは人から嫌われるかもしれないと思っているところにあるものでして
それを表現するためには自分自身に責任を持たなければならないわけですね

多くの人は『自信がないから自分を出せない』と言いますが違います
自信がないからではなく責任を持てないからなんです

その個性に責任を持って表現すること
それが自分らしさ、個性というものだと思いますよ

もちろん個性というものは万人に理解されるものではありません
理解できないからといってその人の個性を批判することのないように
それはその人の個性を奪う同調圧力になってしまいますからね








以上
DJあおいでした








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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさん!いつもブログを読ませて
頂いております。
率直に伺いますがゆとり世代と言ってくる大人を
どう思いますか?
私は22歳のゆとり世代にあたる年齢ですが以前
30代後半の男性にゆとりゆとりとからかわれたことが
あります。
しかしその男性も失礼な話対した男性ではなく
転職ばかり繰り返し同棲していた彼女に愛想を
尽かされてでていけと言われました
こういう大人もいる中きちんとした若者もいます
何でもかんでもゆとりと纏める人達に怒りを覚えます
あおいさんの意見をお伺いしたいのでよろしくお願いいたします』









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・根性がない
・義理人情がない
・意欲がない
・礼儀を知らない
・社会的常識がない
・団体生活のルールを知らない
・慎み(嗜み)がない
・男らしさ(女らしさ)がない
・だらしない
・仕事をしようとしない
・公私ともに計画性がない
・他人に思いやりがない
・口のききようを知らない
・敬語が使えない
・規則や規程を守ろうとしない
・物おじしない
・質実剛健の気魄がない
・日本人としての矜持がない



少し前に話題になったのですが
これって1973年に発行された書籍にある現代の若者論なのだそうですね

団塊の世代、バブル世代、団塊ジュニア世代、ゆとり世代、さとり世代
時代と共に呼称は変わっても現代の若者論というものはあまり変わらないようです

これはいつの時代も若者が変わらないわけではなく
いつの時代も若者を価値なき者にしたい不憫なおっさんがいるだけなんですよね
若い世代をうまく使いこなせない無能な大人の言い訳みたいなもんです
世代の呼称なんて叩いて従わせることしかできない程度の大きなお子さまがこしらえた都合のいい『枠』でしかないんですよ

あなたはゆとり世代なんかじゃありません
あなたはあなたです
そう思える自分に誇りを持ってください









以上
DJあおいでした










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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさんおはようございます。いつもあおいさんの言葉に励まされています。

さっそくですが質問です。
わたしの兄のことなんですが、話していてあおいさんなら何て言うかなと気になり、メールをしました。

兄は今27歳で、高卒ですが営業トークがうまく、今は大手企業で働き、ばりばりの営業マンです。逆境こそ成長するチャンス、もっと困難がほしい、というようなタイプです。
そんな兄が自慢ですが、恋愛においてもそういう傾向があり、「自分が成長しているのに比べて彼女は何一つ変わっていない」と言います。彼女も「変れるよう頑張る」と言うそうですが、結局変われないので「出来ないなら言わないでほしい」と思うそうです。兄にとって「努力をするなんて当たり前のことで、それに結果がついてこないのならそれは努力ではない」そうです。

正しいような、でもなんか違うような気がして、なんだか悲しかったです。
口が達者なので何も言えませんでした。
あおいさんはこの考え方どう思いますか?
お答え頂けると嬉しいです。』









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『努力をするなんて当たり前のこと
それに結果がついてこないのならそれは努力ではない』

という価値観は自分に課せるものであって人に押し付けるものではありません
自分に課せればそれは価値のあるものですが
人に押し付けた時点でそれは『暴力』になってしまいますね

強要された努力なんて努力ではないんですよ
自らの意思を原動力にしてそれは初めて努力と呼べるものになるんです
本当に努力をしている人は必ず『自らの意思』というものを尊重します
ですので努力を強要することは決してしません

本当にその人に変わってほしいと願うのなら
変わらないところよりも変わったところに目がいくはずです
どんな小さな変化も気付いてあげられる目と
それを自分のことのように喜んであげられる気持ちがあるはずなんですよ

変わらないところばかりに目がいくのは努力を強要したいから
努力を強要することによって自分が努力をしていることを認めさせたいだけだから
簡単に言えば『威嚇』みたいなものですね

努力を強要する人は努力を強要されている人だけ
その強要に洗脳されている人だけですね
強要に耐えることが努力だという洗脳では人は動きませんよ










以上
DJあおいでした










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こんにちはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『こんばんは。
いつもあおいさんのお話で元気をもらっています。
さっそくですが、相談させてください。

私は看護学生で、今年度国家試験を受けます。国試の勉強や就職試験に向けての準備、また臨地実習もあり今月に入ってからは特に忙しくなりました。
自分が選んだ道であり、つらいときやしんどいときもありますが後悔はしていません。ですが、最近は勉強していると涙がとまらなくなってしまいました。友だちや先生、彼氏から「頑張ろう」「頑張れ」と言われることが苦痛に感じてしまいます。『頑張る』という言葉を使い過ぎて、何をどうしたら頑張ったということになるのか分からなくなってしまいました。
普段何気なく使われている『頑張れ』ですが、今の私にはとても重たく感じてしまいます。
正直なところ、私は頑張っているのになんで分かってくれないの、なんでそれ以上頑張れなんて言うの、と思ってしまいます。
どうしたらみんなの言葉を前向きに受けとめることができるようになるでしょうか。
アドバイスをいただけたら嬉しいです。

最近気温も高くなり気温差も大きくなりました、体のほうご自愛下さい。』









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震災あたりからですかね
『頑張れ』という言葉が人を追い詰めてしまう禁句ワードとして扱われることになってしまったんですけども

確かに『頑張れ』という言葉がその人を追い詰めてしまう言葉になってしまう場合もあります
誰よりも真面目な人、責任感が強くひとりで抱えこんでしまう人、完璧主義で努力家の人
これ等の人が頑張っても頑張っても状況は悪化するばかりのとき
『頑張れ』と声を掛けるのはタブーだとは思います
というか通常の神経の持ち主なら『頑張れ』なんて声は掛けられません
それほどまでに頑張っている人に対して使う言葉ではないと思います

がしかし

『頑張れ』という言葉が人を追い詰めてしまう言葉だという風潮を利用して
これを逃げ口上にしてしまう人も増えてしまったんですよね
特に頑張っているポーズをとることに必死な人なんですけども


『頑張れ』と言われる → 頑張っていないことを見抜かれたと思ってしまう → 何とかして頑張っていることを認めさせなければ! → そうだ!頑張れという言葉に追い詰められたポーズをしよう! → 嗚呼もうダメだぁぁぁぁぁ、、、 → よし、これでOK!


みたいなね
ズル賢い人もいるということも否めないんですよ
相談者様がどちらのタイプなのかはわかりませんが
『頑張れ』という言葉は本来追い詰める意図が込められた悪意の言葉ではなく
応援の意味が込められた善意の言葉ですので
『頑張れ』と言われたら『ありがとう』と返すのが人の道ですよね
その『ありがとう』の一言で随分と気持ちが楽になるものです

後は勝手に頑張ればいいだけ
頑張らなければならないことなんてありません
頑張りたいから頑張るだけです









以上
DJあおいでした









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