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2015年01月









こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『こんばんは。
いつもブログ拝見させて頂いています。22才、女です。

かつて、二股をしようと友達にも告白をしていた男を彼氏にしてからが異性に「好きだ」と言えなくなりました。

以前お付き合いしたその男性に不満を言えばから「お前から好きって言ったじゃん」と言われ別れるに至たりました。

なんとなくですが二股をするような軽い男性は付き合うということに責任を持てないためか、男性から告白していないような気がして…それ以来男性から告白してもらえないとちゃんと愛されているって自信が持てません。

私に気があるのかなぁ…?という方も居ましたが結局私の友達とお付き合いしだして、いつも自分が惹かれる男性がいろんな女性と関係を持つような人気な人なのか、はたまた自分が告白しないのがいけないのか、もうよく分からなくなってしまいました。

良ければ相談に乗ってください。
よろしくお願いいたします。』









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付き合っていた男性に二股をかけられた
なんて話はよくあることなんですけども
それによって男性恐怖症になってしまう女性も少なくないのですが
これは自分を傷付けないための自己防衛なんですね

問題はその『程度』の問題なんですが

例えば背が高くて茶髪でツンデレな『チャラ山カス男』という男性と付き合っていて二股が発覚したとします

チャラ山カス男という男性に惚れて付き合っていた女性ならば
『チャラ山カス男』という個人に拒否反応を示すようになります

背が高くて茶髪でツンデレなところに惚れて付き合っていた女性ならば
背が高くて茶髪でツンデレな男性全てに拒否反応を示すようになります

背が高くて茶髪なところに惚れて付き合っていた女性ならば
背が高くて茶髪な男性全てに拒否反応を示すようになります

背が高いところに惚れて付き合っていた女性ならば
背が高い男性全てに拒否反応を示すようになり

自分を満たすことだけが目的の恋愛だったのなら
全ての男性に拒否反応を示すようになってしまうわけです


要するに疑心暗鬼になる対象は
そっくりそのまま自分自身の恋愛観が反映されてしまうわけですね

二股をかけるような男は言語道断だとは思いますが
改めるべき部分はいつも自分の恋愛観にある『若さ』だと思いますよ

人というのはひとやまナンボで見るものじゃありませんからね








以上
DJあおいでした






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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさん、こんばんは。
早速ですが相談があります。
しょうもない話ですが、聞いてください。

いま専門学校生です。高校の時付き合ってた元カレから連絡が、これまでもたまに来ていましたが、

最近毎日連絡が来るんです。あの時はより戻そうと思ってたとか昔の話をされたり、ご飯の約束をされたり、気分転換に遠出しようといわれたり、と、、、、
そして、とても優しいんです。付き合っていた頃のように。

元カノに連絡してくる元カレ、出かける約束をする元カレの心理がわかりません。ちなみに私は振られた側です。やはり下心でしょうか?

こんなことで悩みたくないけど、悩んでしまいます。教えてください。

あおいさん、お体に気をつけてこれからも頑張ってください。
応援しています!!









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男は忘れたくない生き物であり
女は忘れたい生き物である

別れた女は永遠に友達以上の存在になるのが男
別れた男は永遠に友達以下の存在になるのが女

だから男は別れた女の悪口は言わない生き物であり
だから女は別れた男の悪口すら言わない生き物である


女性は感受性の生き物でして
失恋のときの傷みは男性の数倍の傷みと言われています
ですので『これ以上のストレスは危険だよ!』という自己防衛本能のシグナルが脳に発信されて
急速に無関心になっていくらしいですね

一方男性は経験を糧に自信を養う生き物ですから
忘れてしまうことを怖れては思い出し
その経験を美化して男としての自信をつけていく心理が働くようですよ
だから男は経験人数を誇らしげに感じたりするそうです

個人差があるものなのでこれが全てではありませんが
こういう傾向があることは確かなようですよ

またそれが下心だけの衝動なのかどうなのかは男性にもわからないものなのだそうで
それは下心が満たされた後じゃないと答えが出ないものなのだそうです(困った生き物です)

ひとつだけ言えるのは
『別れた男はたいてい優しい』
ということ

でもそれは別れた後の距離感が優しくさせているだけであって
復縁してもその優しさがあるとは言い切れないものなんです

少しキツい言い方をすれば
『別れなきゃ優しくなれない程度の男』ってことですね

別れた後の優しさは鵜呑みにしない方がいいですよ








以上
DJあおいでした







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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさんこんにちは。いつもブログ拝見させていただいています!
新年明けていかがお過ごしでしょうか。

私は現在22歳です。昨年4年付き合った彼氏と自ら別れ、その後すぐ付き合った別の男性とも1ヶ月で別れ、今に至ります。
別れてから、幸せになりたいという想いが一人歩きして毎晩焦燥感に駆られてしまいます。何故なのでしょうか…。

どんな小さなことでも構いませんのでお言葉をいただけたらと思います。
あおいさんにとって素敵な1年になることを心から願っております。』









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『幸せになりたい』という言葉の『なりたい』の部分
この部分には諦めの心理が作用されているそうで
『幸せになりたい』と思っているうちは幸せになることはないのだそうです

幸せになる人というのは『幸せになりたい』とは思わないのだそうで
皆一様に『幸せになる!』という力のある言葉を選ぶのだそうです


薄幸癖がついている人というのは幸せというものに受動的なんですよね
『誰かが自分を幸せにしてくれる』という思い込みを持っているものなんですが
その思い込みが転じて『誰も自分を幸せにしてくれない、、、』というネガティブな思想に繋がってしまうわけです

恋愛が自分を幸せにしてくれるわけではありません
幸せな自分が幸せな恋愛をできるだけです

不幸な人が恋愛をすれば不幸な恋愛になるだけでしょう

まずは個人レベルの自立心の問題ですね

自分ひとりで立てないような人間が
いったいどうやって大切な人を支えてあげることができるんでしょうか







以上
DJあおいでした






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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『DJあおいさんこんばんわ
いつもブログとTwitter拝見させていただいてます。

早速ですが聞いてください。(T_T)

いま私は18歳でフリーターをしています。二個上の彼氏と一年とすこしつきあっていて、本当に仲良くつきあっています。

ですが、今日彼が女友達と恋愛話になり納得したという話をしてきて私は正直混乱しました。

それが、浮気はばれなきゃしていいよとのことです。

彼曰くばれなきゃしてもいいけどばれたら別れてねと、でも私は絶対許せない人なので浮気したら言ってと言ったのですが言わないといわれました!

言ってることはわかるのですがその時って幸せなのかな?って思っちゃいました。

あと、私はまだ18で周りを見ると浮気したりしてる人も結構いてみんな言うのが本当に好きなのは彼氏、彼女なの!というのがわからないです。
それはほとんどの人が通る刺激を求めてるということですか?
本当に好きなのにお酒などの勢いやその場面その場面でまあいっかとおもってしまうものなのでしょうか?

長々と失礼しました。
本も購入させていただいてゆっくり読むのが癒しです(笑)^_^』









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『浮気はバレなきゃしていいよ』と浮気を条件付きで公認する人と
『浮気は絶対に許しませんよ』と公言して束縛をする人

一見真逆のように思えますが根っこは同じ『管理主義』なんですよね

それを許すも許さないも自分の管理下に置いておきたいという『欲求』が働いているものですので
それは放任主義を装ったひとつの束縛にあたるものなんです

本来浮気とは許す許さないに関わらずしてしまうものであって
相方さんの許可は必要としないものなんですよね

それを事前に認めることによって浮気を自分の管理下の出来事にしてしまおうという
ちょっとめんどくさいタイプの束縛なんですよ

ですので『バレなきゃ浮気していいよ』と言う人ほど疑い深く
少しでも怪しいと思ったら相方さんの行動を徹底的に自分の管理下に置くために束縛する人が多いんです

要するに『浮気はバレなきゃしていいよ』という言葉の裏には『できるもんならしてみろよ』という束縛の意味が込められている場合が多いので
それは決して『放任主義』というわけではないんです


浮気というものは相手に許可を与えたり相手を束縛したりするものではなく
ただただ『自分はしない』と自分を律することだけを誓っていればいいんですよ

それがお互いにできる関係を望んでいるんじゃないでしょうか









以上
DJあおいでした








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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『はじめまして!いつも愛読させていただいています。

早速なのですがお聞きしたいことがあり、メールさせていただきました。

「愛情」と「情」の違いとはなんでしょうか。

今、付き合っている彼氏に対する思いが愛情なのか情なのか、情なら別れたほうがいいのか悩んでいます。

その人には目指す目標があり、苦難があっても、その人の目指す目標を達成するか見届けたいという思いと、そのために尽くしたいという思いがあります。
でもそれと恋愛感情は違うのかと悩んでいます。

よろしければ、ご意見いただきたいと思います。

よろしくお願いします。』









『愛情』というものは燃料みたいなものですから
それ自体に意味があるわけではなく
それを原動力に何をするのかに意味があるわけでして
それは決まった形があるわけではなく
愛情を持った人により様々な形に形成されていくものなんですね

愛情を原動力に仕事に励む人もいますし
愛情を原動力にダイエットに励む人もいますし
愛情を原動力に貯金する人だっています

愛情というものは『自分より大切な人』に対して働く感情ですから
自分ひとりでは出来ないようなことでも
愛情を原動力にすれば出来てしまったりすることも多々あるわけです

だから自分より大切だと思える人がいると
人は強く強くなれるわけですね


一方『情』というものは『同情』みたいなものでして
それは自分より大切な人に抱く感情ではなく
自分とは無関係な人に抱く感情だったりします

ですから『かわいそう』と思うだけだったり『頑張ってほしい』と思うだけだったり
思うだけである程度満足してしまうような
自分を動かす原動力にはならないような感情を『ただの情』と言うのだと思いますよ

人は思うだけで変わるものではなく
人を変えるのは行動だけなんですね
その行動の原動力となるものが愛情というもので
愛情を持っている人ほど変化し続けることができるわけです

変化が乏しい付き合いを感じたら
自身の愛情を疑った方がいいのかもしれませんね









以上
DJあおいでした








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