月別

2014年07月






こんばんはDJあおい

今回はちょっとお知らせです






image







じゃじゃーん

8月16日に公開となる映画

能年玲奈さん、登坂広臣さん主演の
『ホットロード』


なんですけども
先日公開に先駆けて試写させて頂いたんですけどね

『繊細で純真故に傷付く自分の弱さが
繊細で純真だからこそ誰かを守るための強さに変わる
少年は男に
少女は女に
弱さに翻弄されながらも強さを得て変わっていく姿に目が離せませんでした』

そんな映画でした!

8月16日公開です
ぜひ劇場でご覧下さいませ











ちなみに販促用のこんなチラシがあるのですけども

image


中を開くとたくさんの著名な方々のコメントに埋もれて
ひっそりと私のコメントもこんな感じで掲載させて頂きました

image


見掛けたら手に取って見てくださいね












以上
DJあおいでした





















こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『あおいさんこんにちは。

私には年下の彼氏がいます。
その子は別れようと毎日のように言ってきます。
私のことを試していってるのはわかってるのですが不安な気持ちばかりです。
その子はすごくモテる子で余計に怖いです。
日頃からぶすとか他の女のところに行くとかしょっちゅう言ってきます。
それに私が男の子と会うのは絶対許されないのですが彼は女の子とあっています…。

私が我慢していけばいいのでしょうか?
どのようにお付き合いすればいいのかわからないです。
よかったら教えてください。』











別れを頻繁に引き合いに出す人というのはですね
要するに『別れたくなければもっと俺を愛せ』という脅迫をしているわけですね

これは愛されないことへの過剰な恐れ
それに対するコンプレックスが根本にあるものでして

そのコンプレックスを隠すための『高圧的な態度』なんですね


『愛されるための手段は選ばないが
愛する手段は全くの無知』

というような人種ですので
異性の気を引くことは得意だったりしますが
異性の心を掴むことは壊滅的にヘタクソです

別れというのは脅しの道具ではありません
それはたった1枚しかない最後のカードなんですよ

別れを軽く扱う人は例外なく付き合いも軽く扱っているものです

我慢する必要もないし
お付き合いを続ける必要もありません

幸せというのはときに別れることで得られるものだったりするんですよ

自分の価値を落とさなきゃ続けられないような恋愛なら
そんなもの棄てた方がいいんです

望み通りに別れてあげればいいんですよ

そんな男
ケツの軽い女にくれてやれ













以上
DJあおいでした














お知らせです

ブログ用Q&Aの相談窓口となるメールアドレスはこちらです


djaoi.otewohaishaku@gmail.com



お気軽にメールしてくださいね


















こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『彼氏が名前で呼んでくれません。
いつもお前って言うし、
本当にほとんど名前を呼ばれません。
だから、女友達に対しては名前で呼ぶのにすごく嫉妬してしまいます。
付き合う前とか、付き合いたての頃は名前で読んでくれたけど、いつしか呼ばれなくなりました。
なんか悲しいです。
名前で呼んでとか、お前って言うなっていうんですけど、あまり変わりません。
恥ずかしいんですかね、何でなんでしょう。

お返事いただけたら嬉しいです。』











お互いがお互いのことをどう呼び合うのかといったら
それはお互いの距離感が決めるものでして

人間関係において最も良い距離感というのは
お互いがお互いの名前で呼び合う距離感なんです


少し乱暴とも思える『おい』とか『お前』という呼び方はですね
少し距離感が近すぎなんですよね

実際にこういう呼び方をする人は精神的に未成熟で依存体質な人が多いんです

人が最も相手のことを『おい』とか『お前』とか
少し乱暴な呼び方をするときというのは
その人と言い争いをしているときでして
喧嘩というものは相手に対する敬意が欠如しているときなんですよね


ですので普段から『おい』とか『お前』とか乱暴な呼び方をしてくる人というのは
相手に対して慢性的に敬意が欠如している人なんですよね

『敬意を持ってもらいたいから敬意を持たない』という典型的な依存心の表れなんですよ

人間関係における最も心地よい距離感というのは
敬意でお互いの距離感を保っているものなんですね

近すぎても見えない
離れすぎても見えない
お互いが最もよく見える距離感というのが
お互いが敬意で保っている距離感ということです


人間関係の多くは距離感が近すぎて壊れます
名前で呼んでくれなくなったらそれは黄信号ですね

少し距離感を修正しなければならない時期かもしれません

距離感の修正とは
彼にとって敬意に値する女にレベルアップすることですよ















以上
DJあおいでした












お知らせです

ブログ用Q&Aの相談窓口となるメールアドレスはこちらです


djaoi.otewohaishaku@gmail.com


お気軽にメールしてくださいね




















こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『いつも読ませてもらっています。

惚れた男を信じ抜く…

夫が浮気(本気ではないと思います。数人の女性とたまに体の関係有り)していることが確実な場合でも疑わずに信じる事が正しいのでしょうか

私と子供の事は大切にしてくれています。

女関係は微妙な嘘でごまかします。
嘘の優しさに虚しくなったり
目の前の事だけ信じて幸せに過ごさなきゃと思ったり一喜一憂で
急に胸が苦しく息苦しくなったりします。』











信じることはイコール愛することなんですけどね
よく勘違いしがちなことなんですけど

愛情というのは無限にあるものではなく
それは自身の器によって許容量が決まる有限なものなんですよ


その許容量を越えたとき
信じるという行為はただ自分を傷付けるだけのものになってしまいます

愛情が枯渇してしまった分自己を犠牲にして愛情を生産しようとしてしまうわけですね

ですが自己犠牲の愛情というものは
どうしても見返りを求めてしまうものになってしまい
『こんなに信じたんだから、こんなに頑張ったんだから』と信じた報酬を期待してしまうわけです

無条件に捧げるものであるべき『信じる』という愛情が
相手から愛情を引き出すための『取り引きの道具』になってしまうんですね


恋愛というものは『信じなければならない』というようなものではなく
『信じたいから信じている』という自由意思なんですよね

信じられなくなったからといって過剰に罪悪感を感じる必要もありませんし
それは『信じられなくなった』というよりも『最後まで信じた』というニュアンスの方がしっくりくるものです

大事なことは自分の器を知ること
その許容量を越えたとき
潔く斬り棄てる覚悟を常に持つこと

愛情というものは無限にあるものではありません
限りあるものだからこそ大切なものなんです













以上
DJあおいでした











お知らせです

ブログ用Q&Aの相談窓口となるメールアドレスはこちらです


djaoi.otewohaishaku@gmail.com


お気軽にメールしてくださいね



















こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ










『はじめまして。
25歳のともみと申します。
友人に彼との悩みを相談した所、ブログを紹介してもらい読み進めていくうちに一度アドバイス頂きたくメールさせていただきました。

付き合って1年になる彼氏がいます。
彼との付き合いは順調ですし、とくに問題はないのですが彼のLINEやFacebookのやりとりが気になって仕方なくなってしまいます。
どんな女性とやりとりをしているんだろう?と何回かLINEも見てしまい、そのたびにこの女性は誰だろう、なんでLINEをしているんだろうと不安不満になり
けして浮気をしているとかそういう内容でもないのにもかかわらず気になって仕方ないのです。
共通の友人たちに相談しても皆彼はまじめで浮気するような人ではないしそんな心配する必要ないと言われるのですが、そういう事を言われるたびにそんな人間はいるのだろうか?と思ってしまいます。

周りの関係を一切断ち切り自分だけの彼でいてほしいのかとそういうわけではないのですが。
なぜこんなにも自分が彼を信じられず粗を探してしまうのかわかりません。

そういう行動をするたびに彼との幸せな時間や、してもらったこと、愛されてるということを
思い出して罪悪感にさいなまれるのですが。
だったら疑わず信じればいいのにとも思います。

こんな気持ちになってしまうのは何故なんでしょうか?

同じような質問をされてる方はいるかとは思いますが、お返事いただけると嬉しいです。
宜しくお願いします。』











恋人のスマホやSNSが気になるという相談は非常に多いんですけどね

『べつに見たくない』というのは『無関心』ですから
これは恋愛の末期なんですよ

『気になる』ということは『関心を抱く』ということですからね
恋愛感情があれば気になってしまうのは当然のことなのかもしれません

ですがそれを見てしまう心理というのは
自分の不安を解消したいという身勝手な思いでして
要するに『もっと愛されたい』という『欲求』が根本なんですよね

『気にはなるけど見ない』というのは『信じたい』と願う気持ちでして
要するにそれは『もっと愛したい』という『愛情』がそうさせるんですよ

恋人のスマホが気になったとき
それは
愛されたいのか
愛したいのか
欲求と愛情が天秤に掛けられているわけですね


その人を信じたからといって
必ずしもその人が裏切らないわけではありませんが
幸せを手に入れた人というのは
例外なくその人を信じているものです

信じられる人だから好きになったわけじゃないでしょ
好きになった人だから信じたいんでしょ

だったら黙って信じてやるのが
女ってもんだぜ












以上
DJあおいでした












お知らせです

ブログ用Q&Aの相談窓口となるメールアドレスはこちらです


djaoi.otewohaishaku@gmail.com


お気軽にメールしてくださいね