こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『こんにちは、あおいさん。
よろしければ私の悩みを聞いて頂けませんか?

以前あおいさんの記事で、「どれだけ許せるかが愛情」と書いてありました。
私には同い年の好きな人がいます。
私は彼の行為に、怒ったり悲しい思いをされられます。そのことを彼に素直に伝え、謝ってもらうのですが、すぐに許してしまいます。彼は私なら何でも許してくれると思っているのか、甘えたりからかったりもしてきます。
まるで底なし沼のように、彼を許して受け入れしまうことに、最近自分でもどうなのかなって思います。どれだけでも許せてしまうことは、愛情と呼べるのでしょうか。』









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『許す』ということは『信頼する』ということであり
『信頼する』ということが『愛する』ということであり
許すこと = 信頼すること = 愛すること
なんですね

では『信頼』とは何かと言ったら
自分に都合のいい期待を押し付けることではなく
『その人がその人であればいい』という
どんな結果でも受け入れることができる覚悟が伴った『信頼』なんです

人が最も裏切ることができないのは『期待』ではなく『信頼』
愛する人の信頼を裏切ることは身を切ることより辛いことだと思います


それを裏切るということは
『私はあなたを愛していませんよ』
という宣言みたいなものです

これほど明瞭な解答はありません

あとはその解答を受け入れ
その事実を許すだけ

その事実を許すことができる唯一の手段が『別れる』という選択だと思います

許せないけど離れたくない
離れたくないから許したフリして我慢を選ぶ
それがただ消耗するだけの『延命処置』

斬るべきときは斬るのが愛情

愛情なき延命処置はただの執着よ












以上
DJあおいでした










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