こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ








『あおいさんこんばんは。
あおいさんの考え方で救われてる人がたくさんいると思います。私もその一人です。
こんな私の悩みに目を通していただいたら嬉しい限りです。


私は現在大学2年です。
私は大学の友達といるとき、別にその子のことが嫌いではなく無意識に気遣ったりする子がいます。またそれとは逆にまったく気遣わない子もいます。

この気遣う子と遣わない子との違いってなんなのでしょうか。

また気遣う子に対しては自分自身の問題と思うのですが、考えれば考えるほど二面的な顔を持っている自分がいたりと悩んでる毎日です。

だけどこの前あおいさんの記事で、それも自分自身だと認めないといけないと書いてありました。

その二面性も自分だと受け入れたとしたらその先はどうすればいいのですか?
よく分からないです。
乱文失礼します。』









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厳密に言えば
ひとりとして同じ自分で接している人なんていないものでして
どんなに仲の良い友達同士でも
人は人によって違う自分が引き出されるものなんです


『二面性』というのは同じ人物に対して全く異なる自分が出てしまう人のことを指す言葉であって
人によって違う自分になることは極々当たり前のことなんですよ

先輩と後輩では接し方が異なるのは当たり前
親と恋人では接し方が異なるのは当たり前
子供と大人とでは接し方が異なるのは当たり前

どれが本物の自分とかどれが偽物の自分とかそんな概念はなくて
どれもこれも対面している人が引き出してくれた本物の自分なんです

複数の人に対して同じ自分で接することができるのは赤の他人だけ
だから複数の人に対しても全く同じ自分で接する人というのは
どことなく冷たさを感じたりするんですよ

当たり前ですよね
相手は自分のことを赤の他人としか思っていないんですから

対面している相手が自分にしか見せない『その人らしさ』を見せてくれることほど嬉しいことはないんですよね
それは自分だけに向けられた『その人らしさ』なんですからね











以上
DJあおいでした












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