こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ





『はじめまして。
いつもブログを拝見しております。
実はご相談したいことがあり、今回連絡をしております。

人の相談、愚痴を聞いているといっぱいいっぱいになってしまうのです。

笑い合いながらの相談、愚痴は平気なのですが、こちらが聞き手になり、聞くばかりになると無理になってしまいます。
最初は我慢でき、受け止められるのですが回数を重ねるうちに、もうやめてくださいお願いしますと土下座をしたくなるほどいっぱいいっぱいになってしまいます。

これは私の心が狭いからなのでしょうか。ダメな人間なのでしょうか。』






人の相談を受けるときには
共感はするけど同情はしない
というのが鉄則なんですよ


同情というのはその人と感情を同化させてしまうことでして
その人になりきってしまうことですね

なので多角的なものの捉え方ができずに
一方向からの盲目的な感情に囚われてしまうんですよ

相談がただの悪口パーティーになってしまうのが同情なんですよ

これが集団になると被害者共同体になってしまい
被害者のつもりが加害者になってしまうわけですね

一方共感というものは
その人が見落としている部分も含め
あらゆる角度からその人を見てあげ
その人の感情だけではなく
その人そのものを理解した上で認めてあげることなんです

共感というのはあくまで自分というフィルターを通すものですから
同情のような盲目的な熱量はないものなんですよ

ただの悪口を相談に変える視点のあるものが共感というわけですね

そんなに難しいことではないですよ
その人を思う『思いやり』があれば自然とできるものですよ








以上
DJあおいでした








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こんばんはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ





『初めまして!
Twitterやブログ、毎回読ませてもらって、タメになる内容ばかりでとても助かっています!
自分は高校2年の男子です!
日頃から疑問に思っている事を質問させて頂きたいのですが…
フられた相手の事を好きでいる事は「一途」な事なんでしょうか?
そういう話を聞くと、一途に思い続ける事が美談の様に言われる事がありますが、フられたら切り替える方が大事だとも自分は思います。
自分にもまだ「忘れられない人」というのが同じクラスにいるんですが、自然と忘れられるのを待つのがいいのかと思っていたんですが、想い続ける事が一途に入るのかどうか疑問に思ってしまいまして。
拙い乱文、最後まで読んで頂きありがとうございました!』






終わった関係をいつまでも引きずるのは
一途ではなく執着です

一途と執着というのは似て非なるものでして

一途というのはそれを許せる強さであり
執着というのはそれを許すことができない弱さなんですよ


例えば恋人との間にトラブルがあったとしますよね

それについて話し合う労力を惜しまず
お互いに認め合い許すことができる強さで寄り添うことが一途ということなんです

許すということは見返りを求めないということですから
それは俗に言う無償の愛情というやつなんですね

それを許すことができる強さを持った一途な人というのは
別れるという耐え難い事実であろうと
最終的にはそれを許すことができる人なんです

なので一途な人ほど立ち直りは早いものなんですよ

一方執着というのはですね
トラブルがあったときその過ちを許すことができないわけでして
かといって別れることを選択する強さもないものでして

結局は許すこととその見返りを求めることで折り合いをつけるわけです

その見返りというものは自分の幸せでして
それは『こんなに我慢したんだから幸せにしてくれるはず』という期待なんですよ

その見返りに寄り添うのが執着なんです

なので執着する人ほど別れるという事実を許せずに
『あんなに辛い思いをしたのに、あんなにあの人のために我慢したのに』と見返りが回収されないことが許せずに
いつまでもいつまでも執着してしまうんですね

許すことは愛することですから
その人を忘れるということは
その人を愛する最後の行為になるわけですね









以上
DJあおいでした







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こんにちはDJあおいです

読者さんからこんな相談を頂きましたよ





『こんにちは。毎回のブログ、いつもなるほどと思いながら読ませていただいています!
これまでは他の方の質問とあおいさんの回答を読む側だったのですが、ずっと気になっていることがあり、相談させていただきます。少し生々しい話になってしまうのですが、ぜひあおいさんの考えお聞かせください!

一般に、女の人は好きな人としかキスやセックスできないけれど、男の人は好きでなくてもキスもセックスもできると言いますが、では男の人が好きな人にしかできないことって何なんですか?これを男の友達に聞いたところ、クンニできるかどうかではないか、と言われたのですが、男の人の好きってそこでしか判別できないんでしょうか?(._.)』






欲望と愛情は相反するものでして
欲望というものは独りよがりで身勝手なもので
それを自制するのが愛情というものなんですよ

なので本気で好きになればなるほど
出来ることより出来ないことの方が多くなるわけです

だから愛情というものは一朝一夕に伝わるものではなく
何かをすることよりも
何かをしないことを継続して
少しずつ少しずつじわじわと伝わっていくものなんです


性的行為にもそれは見られるものでして
男性はしたいプレイほど好きな人にはできないものになってしまうんですよ

隠し持った性癖でその人を傷付けてしまうんじゃないかという
自分の欲望への罪悪感から至ってノーマルな性行為になってしまうわけです

そこら辺の欲望を導き出し理解してあげるのが女性としての役目になるんですけどね

その人が自分のことを本気で好きかどうかなんて一朝一夕にわかるものじゃないんですよ
だからこそ『信じる』という力が必要になるんです


ク♥ニ程度で愛情を確認できるほど恋愛は簡単じゃありませんよ







以上
DJあおいでした








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